第144章 暴かれる血脈と揺らぐ忠義
フィルードは深々と頭を下げた。
「侯爵様、お取り計らいに深く感謝します。」
ウェインは手をひらりと振った。
「よい。私は少々疲れた。下がって休め。」
恭しく礼をして退出したフィルードは、廊下を進みながら息を整えた。
(これで一歩前進。だが、まだ油断はできん。
エレナの処遇ひとつで戦力図がまるで変わる)
城壁上の自分の駐屯地へ戻ると、彼は迷わずエレナの元へ向かった。
エレナは窓際に立ち、外の夜景をただ見つめていた。
「何を考えている?」
フィルードは勝手に椅子へ腰を下ろし、
卓上の水を一口飲んだ。
エレナはその仕草に反応し、
悔しさを噛みしめるように歯ぎしりした。
「何を考えているかって?
もちろん、あなたみたいな悪党の手からどう逃げるか考えてるのよ。
それにね、あなたが今飲んだ水には毒を入れておいたわ。」
「私は死を恐れない。」
フィルードは薄く笑った。
「まあ安心しろ。今夜を越えたら解放も考えている。
さっきウェイン侯爵の所から戻ったばかりだ。
ディオの息子たちから色々聞きだした。
……一つ、良くない知らせがある。興奮しないで聞け。」
エレナは無言のまま外を向いたままだ。
フィルードは続けた。
「君には両親がいた。だが“ディオ”に殺されたそうだ。
幼い頃の話らしい。
もし埋葬地を見たいなら連れていってやってもいい。」
エレナは振り返り、鋭く睨んだ。
「嘘よ!
お父様は小さいころから私を育ててくれた。
私は孤児だったはず。両親なんて――」
「君は今、私の捕虜だ。君を欺く理由はない。
信じられぬなら、ディオの息子たちと対質すればいい。」
テントの空気が一気に張りつめた。
やがてエレナは絞り出すように言った。
「……行くわ。今すぐ対質する。」
「それは急がない。」
フィルードは手を制した。
「まず王国が君をどう扱うか話しておく。
君の才能は高い。だから特赦され、官職が与えられる。」
フィルードは任命書を取り出した。
「今日から君は“北境東部治安団・副団長”だ。
ただし一点だけ。
侯爵には“君が私の陣営に留まる理由”として、
少し脚色をしてある。
くれぐれも口を滑らせるな。」
エレナは衝撃で立ち上がった。
「あなたという卑劣な賊!
そんな嘘をついて私の名を傷つけるなんて……刺し違えてやる!」
怒声と共に体当たりしてきたが、
フィルードは予測しており身をかわした。
縄で手足を縛られた彼女はそのまま転倒しかけ、
フィルードは腰を掴んで支えた。
エレナは暴れる大魚のように腕の中でもがいた。
「落ち着け!」
フィルードは声を上げた。
「こう言ったのは理由がある。
私は本気で君を副官に迎えたい。
そして全力で“上位超凡者”へ押し上げるつもりだ。」
フィルードは声を低くした。
「考えてみろ。
もし君がウェインに連れていかれれば、
王都送りになる可能性が高い。
老いた権力者たちの庇護下に置かれれば……
君の未来は、君自身では選べなくなる。
それが本当に望む道か?」
(事実を少しだけ誇張してやる。
彼女は理性より“安全な未来”を選ぶタイプだ)
エレナは荒い呼吸のまま聞き続けた。
「それに、貴族社会を離れれば魔法資源は手に入らない。
傭兵になっても、一月に数十金貨。
魔石もほぼ買えない。
上位へ上がる道は閉ざされる。」
「……まず私を降ろしなさい!」
エレナは言った。
フィルードはわざとらしく
「おっと」
と言って手を離した。
エレナは地面に落ち、悔しげに叫んだ。
「痛っ! なんでそんな落とし方をするのよ!」
少しの沈黙の後、
エレナは絞り出すように聞いた。
「本当に……解放するつもりなの?
条件なしで?」
フィルードは真剣な顔で答えた。
「もちろんだ。
君は才能が高く、人族にとって貴重だ。
殺す理由もない。
以前の因縁も、お互い“主のために戦った”だけだ。
そういうものだ。」
エレナは少し目を伏せた。
「なら……まずこの縄を解いて。
誠意を見せてくれなきゃ信じられない。」
「それは無理だ。」
フィルードは即答した。
「縄を解いた瞬間、君が反撃したら私は死ぬ。
君は私より一段強い。勝てない。」
「大の男が女一人を怖がるなんて……」
エレナは呆れ顔だ。
「ではこうしよう。」
フィルードは立ち上がった。
「今からディオの息子たちを連れて来る。
その場で対質すればいい。」
フィルードはテントを出て、
領主府裏庭へ向かった。
数分後、ディオの息子たちを連れて戻ると、
テントは一気に重い空気に包まれた。
エレナの瞳が揺れ、
その中の一人を見て声を震わせた。
「ボーニル兄様……。
彼が言ったことは本当なの?
私の父と母は……ディオに殺されたの?」
ボーニルは視線を泳がせ、
そして床に膝をついた。
「……エレナ。
すまない。
それは事実だ。
君が連れ戻されたあの日、私は確かにその場にいた。
この件は父上と長兄が主導した。
私たちは、外に漏らすなと固く命じられていた……。
妹よ、どうか信じてくれ。
これは……私たちの意思ではなかった……!」
(これで“敵への忠義”は完全に崩れた。
あとは彼女がどの未来を選ぶか――
状況はすでに、こちらへ傾いている)




