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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第132章 仕組まれた包囲網 ― フィルードの疑念

ディオのねぐらを守る兵力は、そう多くはない。

それでもフィルードの胸の内には、拭い切れない不安が燻っていた。

――ディオと獣人どもとの間に、何か人には言えぬ秘密があるのではないか?

ウェイン侯爵がモニーク城から一万の精鋭を率いて援軍に向かっている。

だが、それを考えるほどに、胸の奥で冷たい推測が形を取りはじめる。

もし――これがディオの仕掛けた罠だとしたら?

想像した瞬間、背筋を冷たい汗が伝った。

もしもそうなら、彼自身と同盟軍、合わせて二万近い兵力が、

一撃で壊滅する恐れがある。

……己の命を餌にしてまで仕組む度胸が、あの男にあるのか?

そう思うと、敵ながらも恐れ入るほどだった。

(あの獣人どもは、ディオに何を約束した? どんな報酬を餌にした?

 もし奴らが裏切れば、ディオの末路は――)

疑念は尽きなかった。

根拠は薄い。だが、戦場で命を賭ける以上、用心に越したことはない。

フィルードはすぐに筆を取った。

二人の子爵宛の手紙には、同じ内容を記した。

――領地に残す兵力を増やすこと。

援軍として向かうのは正規兵千人、農奴兵千人で十分。

さらに、ディオと獣人の結託の可能性について、

その疑念に至った経緯を、克明に書き記した。

獣人に包囲された経緯、人間側の裏切り、誘い出された手口。

全てを赤裸々に――冷静な観察者として、論理的に。

(情報を制する者が戦を制す。警告は、早ければ早いほどいい)

彼は子爵たちに、道中での偵察を怠らぬよう、何度も念を押した。

二通を書き終えたあと、ウェイン侯爵宛の手紙にも手を伸ばしたが、

途中で筆が止まった。

(……いや、これは直接伝えるべきだ)

彼は二人の子爵への書簡を伝令兵に託すと、

自らも伝令兵とともに幕舎を出た。

ウェイン侯爵に直接会って、話を通すつもりだった。

大黒――自らの魔獣である黒き牛の持久力と速度ならば、

数日の道のりなど問題ではない。

まず、マイクたちに命じ、領地から一日の行程圏内を調査させた。

大規模な軍が潜伏している可能性のある地形を徹底的に洗わせる。

そして自身は大黒に跨り、食料を携え、モニーク城の方向へと駆けた。

大黒の脚は風よりも速く、

わずか二日でウェイン侯爵の軍勢に追いついた。

侯爵はまだ出発してから二日しか進んでおらず、

その速度ではフィルードの領地まであと四、五日はかかる見込みだった。

「……おや? フィルード卿ではないか。

 そちらは混乱の最中だと聞いていたが、なぜここに?」

ウェインの視線には驚きと疑問が混じっていた。

フィルードは馬上で軽く敬礼し、息を整えた。

「侯爵様、この道中で何か異常は感じられませんでしたか?

 獣人の斥候、あるいは不審な動きなどは?」

「いや、道中は順調だ。……どうした、何か見たのか?」

フィルードは真剣に頷く。

そして、獣人に包囲された経緯――人間の裏切りによって誘い出された一部始終を、

冷静に、だが抑えきれぬ怒りを滲ませながら語った。

ウェインは眉をひそめ、しばらく沈思したのち、慎重に口を開いた。

「……あなたがディオを憎んでいることは知っている。だが、彼は高官だ。

 その地位にある者が獣人に投降して、何の得がある?

 あなたの話が真実だと、どう証明する?」

フィルードは静かに首を振った。

「断言はできません。ですが――」

懐から数枚の魔石を取り出す。

「彼が私に与えた十個のうち、これが残りの六個です。

 侯爵様、当時私はただの辺境の開拓子爵でした。

 この規模の資源を手に入れられるはずがない。

 この金と魔石の出所、それが全てを物語っています。」

ウェインは魔石を手に取った瞬間、表情を硬くした。

やがて黙って頷き、軍に停止を命じた。

それから騎兵を四方に派遣し、偵察を強化するよう指示を飛ばす。

ふと、彼の視線がフィルードの股下の黒い牛に移った。

「……その牛、まさか魔獣か?」

フィルードは微笑した。

「はい、侯爵様。偶然、野外で拾った獣を長年飼育した結果、魔獣に進化しました。」

「……ほう。今の時代に魔獣を育てるとは、まさに奇跡だな。

 天地の魔力が薄れ、魔法資源の供給すら困難な時代にだ。

 私はこれを育てるのに、十数人の超凡者を鍛えられるほどの資源を費やしたというのに。」

侯爵は自らの愛馬を撫で、わずかに苦笑した。

「あなたは運が良い。だが運もまた、戦場の実力のうちだ。」

フィルードもただ静かに笑みを返すだけだった。

数時間後――偵察に出ていた斥候が、血相を変えて戻ってきた。

その様子を見ただけで、二人は事態の重大さを悟った。

「侯爵様! 大変です! 我々の後方に二万の獣人大軍が出現!

 そのうち猪人戦士だけで三千から四千!

 さらに、南北両方向にもそれぞれ五千の部隊が展開!

 完全に包囲されています!」

報告を聞いたウェイン侯爵は、手の中の水杯を握り潰し、地面に叩き落とした。

「お前たちは何をしていた!? どうして今になって気づく!?」

斥候隊長は震えながら地に伏した。

「申し訳ありません! 以前は慣例通り、軍の周囲数十里を偵察しておりました。

 ですが今回は範囲を五十里まで広げて、初めて敵軍を確認できたのです!」

ウェインは、怒りを押し殺した。

「……よい。すぐに偵察を続行しろ。

 もし奴らが一歩でもこちらに忍び寄れば、どうなるか分かっているな。」

「はっ! 必ずや監視を徹底いたします!」

斥候たちが駆け去るのを見届けると、ウェインとフィルードは沈黙した。

風が吹き抜け、ただ遠くで馬のいななきが響く。

(……罠か。やはり、間に合わなかったか)

ウェインが静かに問う。

「フィルード団長。……この状況、どう見る?」

フィルードは目を閉じ、すぐに答えた。

「侯爵様、直ちに撤退を続行すべきです。行軍速度を上げ、

 獣人が追いつく前に私の領地近辺まで退きます。

 その途中でディオを捕らえるか、撃破する。

 そうすれば交渉の主導権はこちらに。

 その後、大軍は私の領地へ退き、防衛線を築きます。

 ……もし奴らが攻めあぐねれば、いずれ撤退せざるを得なくなるでしょう。」

ウェインはその言葉に、しばし無言で頷いた。

彼の眼に映るのは、若き戦略家の冷徹な光。

そしてその背後にある、燃え尽きぬ意志の炎だった。

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