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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第130章 裏切りを断つ者

ディオ伯爵は、険しい山腹にそびえる木寨を見上げ、低く笑った。

「しかも、この寨には人数が多い。一つの開拓領だけで駐屯しているとは思えん。……ふむ、よかろう。どうせ最後には投降する。だが、その前に互いに疑わせてやるのも悪くないな。最初に膝をついた者には、正式な騎士位に加えて“開拓男爵”の名誉も与えると伝えろ。」

数名の兵士が白旗を掲げ、慎重に山を登り始めた。

だが、彼らが山腹にたどり着いた瞬間――アンソニーの声が鋭く響いた。

「投げろ。」

次の瞬間、頭上から岩が降り注ぐ。

伝令兵のひとりは胸を直撃され、崖下へと転げ落ちた。残りの兵たちは蒼白になり、慌てて踵を返す。

ディオはその光景を遠くから見て、怒りに顔を歪めた。

「ちくしょう……!あの小僧ども、身の程を知らぬか!」

怒鳴り声と共に、彼は配下へ命じる。

「全軍に叫ばせろ!“降れば爵位をやる”と! 聞こえぬはずがない!」

地を震わせるような兵士たちの声が山に響いた。

その声は、寨の上の者たちの耳にもはっきりと届いた。

アンソニーは眉をひそめ、周囲を見渡した。

三人の開拓領主たちの顔に、動揺と逡巡が交錯している。

(……これが狙いか。敵ながら見事な言葉だ。欲望と恐怖――その二つを揺さぶるのは、最も古典的で、最も効く方法だ。)

「さて……皆の衆。この件、どう考える?」

彼は低く静かな声で問うた。

アンソニーが生粋の王党派であることを、全員が知っていた。

その問いかけが“試し”であることも理解している。

この場に残った者は、すでに覚悟を決めた強者ばかり――そうであるはずだった。

だが、一人の壮漢が力強く声を上げた。

「話し合うまでもない! あの老いぼれディオがどれほど強かろうと、王国が立ち直れば終わりだ。今さら奴の下につくなど、恥知らずの極み! 断固として拒む!」

アンソニーはわずかに微笑んで頷いた。

(いい眼をしている。だが……全員がそうであればいいがな。)

彼の視線を受けた二人の開拓領主は、互いに視線を交わした。

やがて、一人が苦い声を漏らした。

「俺は……もう限界だ。家も財も、すべてこの戦いで失った。これ以上の忠誠など、どうして示せる?」

そう言うと、彼は一歩退き、背を向ける。

振り返りざま、まだ沈黙していたもう一人に叫んだ。

「アーヴィン! 何を迷う!? 今なら俺たちが先に門を開け、功を立てられる! 二人で勝てば、爵位も確実だ!」

アーヴィンと呼ばれた男は、血の気の引いた顔で沈黙していたが――

やがて、震える手で剣を抜いた。

「……わかった。やるしかないのだな。」

二人は同時に叫んだ。

「突撃だ! 城門を開け、ディオ陛下をお迎えしろ!」

混乱が走る。

兵士たちは状況を理解できぬまま、かつての味方に剣を向け始めた。

だが彼らは奴隷――命令に逆らう権利など、ない。

山下のディオはその叫びを聞き、口角を吊り上げた。

「はははっ、見たか! 分裂したぞ! 今だ、攻め上がれ! 一挙に落とせ!」

六百を超える兵が動き出す。

大地を震わせる足音が、戦の幕を開けた。

だが――寨の上のアンソニーは、微笑を崩さなかった。

彼の瞳は冷たく、淡々としていた。

「……お前たちは、つくづく滑稽だ。」

ゆっくりと両手剣を抜きながら、彼は言葉を続ける。

「愚かと言うには、あまりに必死で。賢いと言うには、あまりに短慮だ。……気の毒にすらなる。」

彼の声は静かだったが、聞く者の胸に鋭く刺さった。

「いいか。ディオという男は、自らの祖国すら裏切った。そんな者が、裏切り者に誠実な報酬を与えると思うか? もし爵位をくれても、領地を与えず兵を奪えば、お前たちはただの抜け殻だ。」

彼は剣先を向け、静かに言い放った。

「……愚か者には、相応の結末を。」

次の瞬間、金属の閃光が走る。

裏切り者の一人が咆哮と共に斬りかかったが、アンソニーはそれを受け止め、反転した刹那、灰色の魔力が迸った。

――「超凡者!」

驚愕の声が上がる。

相手の両手剣は弾き飛ばされ、次の瞬間、アンソニーの蹴りが鳩尾にめり込んだ。

「終わりだ。」

乾いた音と共に、一閃。

刃が空を裂き、裏切り者の腕が宙を舞う。悲鳴が木々に反響した。

だが、アンソニーの動きは止まらない。もう一撃。

鮮血が弧を描き、首が地に落ちた。

沈黙。

残る一人の裏切り者は、青ざめて剣を捨て、震える声で叫んだ。

「降伏します! 命だけは……助けてください!」

アンソニーは無表情のまま見下ろした。

「命乞いか。……なら、役に立て。」

その声は、冷え切った刃のように鋭い。

「部下に命じろ。“戦いをやめろ”と。」

叫びが寨全体に響く。

そして、戦いの音は――止んだ。

山を駆け上がる敵兵の咆哮が、最後に残された音となり、風に消えた。

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