第13章 詐欺
フィルードは慌てて深々と礼を取った。
「ブライアン執事様! お会いできて光栄です。ご用命いただき、本当にありがとうございます。これからもきっと、多くの協力の機会があることでしょう!」
にこやかに言葉を並べると、目の前の初老の男――ブライアンの口元がわずかに緩んだ。
「ほう、実に礼儀正しい若者だな。君には何か人と違うものを感じる。きっと真の実力を秘めているのだろう。……今後の協力が楽しみだよ。」
(いやいや、そんな期待しないでくれ……俺はただの小商人だぞ!?)
内心で青ざめながらも、フィルードは愛想笑いを浮かべ続けた。
二人が挨拶を交わしている間にも、次々と傭兵たちが集まってくる。ブライアンは短く別れの言葉を告げると、すぐに彼らを迎えに向かった。
フィルードは一歩引いた位置から傭兵たちを観察した。
最低でも鉄製の槍を持っている者ばかり、中には自分と同等かそれ以上の装備をした傭兵もいる。しかし、全体としては革鎧ばかりで、武具の質はそれなり。
(……なるほど、銀貨一枚は下っ端用の相場か。こいつら上位組は絶対それじゃ動かないな。)
時間が経つにつれ、次に現れた傭兵たちは見るからに質が落ち、フィルードは妙な既視感を覚えた。
やがて全員が集まったところで、ブライアンが堂々と前に立つ。
「勇士の皆さん! 静粛に、静粛に! まずは自己紹介をさせていただきます。私はこの作戦の発起人、ブライアンです! 皆さんと共に戦えることを大変光栄に思います!」
「我らの敵は、あの忌まわしい豚頭族どもだ! 必ずや一匹残らず屠り尽くそうではないか! ここに誓います、事前に約束した報酬は必ず全額お支払いする! もし私が皆さんを騙すようなことがあれば、この首を刎ねてくださって構わない!」
(……いや、そこまで自信満々に言われると逆に怪しいんだが!?)
「よし、もう時間を無駄にはしない。まだ日が高いうちに出発だ!」
その声を合図に、160人を超える傭兵団はぞろぞろと進軍を始めた。
自然と二つの集団に分かれる。
一方は百人ほど、装備は粗末で覇気もなく、老人まで混じっている。必死に食い扶持を稼ぐ命知らずの集まりだ。
もう一方は鉄製の武器を持ち、活気に満ちた集団。鉄武器を持たぬ者が近づくと追い払う様子も見えた。
(……ああ、なるほど。ここにも階級社会があるわけだな。)
二時間以上歩いたところで一行は休憩を取り、商隊の者たちが料理の準備を始めた。
フィルードは懐に隠した焼き鳥を少しずつ口に入れながら、顔なじみの仲間に近づく。鶏肉の脚を一本差し出しつつ、小声で尋ねた。
「なあ、あの部族まであとどれくらいだ?」
仲間はがっつくように肉を受け取り、すぐに答えた。
「ありがとうございます、フィリップ様。もう遠くはありません。あと一、二時間も歩けば着きますよ。だからこそ、執事様は戦いの前に腹ごしらえをと、ここで料理を命じられたのです。」
フィリップは頷き、さらに切り込む。
「そういえば、貴族が助っ人に来るって話じゃなかったか? どうして姿を見せないんだ?」
仲間は一瞬言い淀んだが、すぐに苦笑いを浮かべて答えた。
「……残念ながら、執事様は報酬を四金貨にまで引き上げられました。それに加えて、彼らの家臣や農兵にまで報酬を約束されたのですが……結局、彼らは名誉を裏切り、来なかったのです。」
「ですが、ご安心ください! 今回は私たちだけでも百六十人以上います。あの豚頭族どもを全滅させるには十分でしょう!」
(……怪しい。怪しすぎる!)
胸の奥で漠然とした不安が広がる。
獣人の戦闘力など知らない。敵の正体もわからない。唯一頼れる情報源がこの連中だという時点で、詐欺の匂いしかしなかった。
「なあ……正直に言うと、俺は獣人と戦ったことがない。だから教えてくれ。豚頭族族には騎兵はいるのか? 武器や装備は? 知恵の程度は? 人間みたいに隊列を組んで突撃してくるのか?」
矢継ぎ早の質問に、仲間は顔を引きつらせつつも答えた。
「確かに騎兵はいましたが三人だけ、前回一人は討ち取りました。それに、彼らの製錬技術は遅れていて、鉄器は十数点しか……ただ、前回鹵獲した装備で今は全員が武器を持っているはずです。毛皮を幾重にもまとって防御力も高い。それが我らの被害の理由でした。」
「ですが! 彼らは知恵が劣っています。ただ突撃してくるだけ。だから執事様は傭兵だけで挑む決断をされたのです!」
(……クソッ! やっぱり詐欺じゃねえか!!)
フィルードの背筋に冷たい汗が流れる。あの「誠実そうな執事」に心の中で罵詈雑言を浴びせた。仲間に対してすら怒りが込み上げる。
(今すぐ抜けたい……下手すりゃ命を落とすぞ、これ!)
仲間もフィルードの表情を敏感に察知し、慌てて付け加えた。
「あ、あの……今回の件、確かに我々に非があります。お詫び申し上げます。ですがご安心ください。後ほど執事様が皆さまの報酬を上乗せされるでしょう。それが補償ということで……」
その言葉に、フィリップの不安はさらに膨らむのだった。




