第125章 風穴の洞窟と帰還の策
洞窟の隅々まで注意深く捜索したが、特殊な仕掛けも、隠し通路も見つからなかった。
あるのは数十匹の子狼――それ以外、目ぼしいものは何もない。
「……やはり、そう簡単にはいかんか」
フィルードは静かに息を吐いた。敵地で得る情報は、わずかでも命綱になる。彼はそういう世界で生きてきた。
一度外に出て、地形を観察する。
視界に映る山脈は奇妙だった。まるで巨大なU字型の鉢のように閉ざされ、洞窟はその底に位置している。
山頂へ登り、風を受けた瞬間、肌に刺さる冷気が走った。
「……なるほど、これは風穴だな」
フィルードは眉をひそめ、前世の知識を思い出す。地形が魔力の流れを集める「自然の魔力炉」になっている。
「もしこの規模で魔力がこれほど濃いなら……」
思考が走る。もし人工的に同じ構造を作り出せれば、魔力濃度を十倍以上に高めることも可能かもしれない。
――だが今の自分には、それを実行する余裕も設備もない。
「まずは利用できる形で、ここを確保しておくか」
彼はすぐに行動に移した。地図を取り出し、この場所を正確にマークする。
洞窟から灰色の狼魔獣の亡骸を大黒に載せ、さらに目も開いていない幼い子狼を十六匹だけ選び出す。
「魔獣の血がわずかでも混じっているなら、後々使い道はある」
冷静に選別しながらも、彼の目には確かな光が宿っていた。
既に帰還路には特殊な目印を残してある。マイクたちなら、数時間もすればここまで来られるはずだ。
数時間、洞窟で魔力を回復させながら待機する。
魔力回復の最中でも、彼の思考は止まらなかった。
――あの風穴構造を、領地で再現できれば。
それが領地発展の新たな柱となる。だが、現状では理論の域を出ない。
やがて足音が響き、マイクたちが到着した。
ライドンが灰色の狼の死体を見て、驚愕の声を上げた。
「団長、これは……魔獣、ですか?」
その声に、皆の視線が一斉に集まる。
「そうだ。山中で偶然見つけてな。手こずったが、ようやく仕留めた」
フィルードは淡々と答えたが、その言葉の裏に漂う疲労と静かな誇りを、仲間たちは感じ取った。
「今夜はこれを食うぞ。ライドン、お前は多めに。ほかの者も味見程度でいい。
いずれ魔法道具を手に入れ、資質を測る。もし可能なら、我が領地からも超凡者を育てる」
「超凡者……!」
その言葉が放たれた瞬間、空気が震えた。
兵たちの表情に、疲れと興奮が入り混じる。
夢――それは戦いの先にある光だった。
夕食を終え、皆は早々に眠りにつく。
フィルードだけが最後まで起きていた。
焚き火の明かりを見つめながら、彼は静かに思索を続けた。
「この地形……やはり、再利用の価値がある。次に戻る時までに、調査計画を立てておこう」
翌朝早く、隊は再び出発した。
三日間の険しい山路を越え、ようやく領地の谷口が見えたとき、皆が息を呑んだ。
谷の入口には、びっしりと並ぶ兵士の列。
獣人も人間も混ざり合い、鋭い殺気が風に乗って流れていた。
フィルードは慎重に距離を取り、谷の手前二百メートルで立ち止まる。
声を張り上げた。
「ケビン、ブルース、ユリアン! いるか!」
しばらくの沈黙の後、三人の影が城壁の上に現れた。
彼らの表情が一瞬で安堵と歓喜に変わり、叫び声が響く。
「団長だ! 城門を開けろ!」
重い扉が開き、フィルードはゆっくりと谷へ入った。
三人の顔は疲労に覆われていたが、その目には確かな忠誠が宿っていた。
「……お疲れさま。心配をかけたな」
「とんでもない!」
ケビンが慌てて首を振る。
「団長が無事で戻られただけで、我々は十分です」
ブルースとユリアンも深く頷いた。
ケビンの報告は簡潔だったが、的確だった。
彼らが救出を急がず、領地防衛を優先した判断――それは、戦略家としての冷静さの証だ。
「ケビンの判断は正しかった」
フィルードは素直にそう言った。
「ブルース、ユリアン。君たちの忠義も理解している。だが、今後はケビンの意見を尊重しろ。大局を見据えるのが彼の役目だ」
三人は息をのんだ。
フィルードは続けて静かに言った。
「……もしも私が倒れるようなことがあれば、その時は三人で領地を守れ」
その言葉に、空気が一瞬止まる。
しかし、彼は手を軽く振って笑った。
「冗談だ。少なくとも今の私は、簡単に倒れる気はない」
そしてすぐに話題を切り替えた。
「最近の領地の状況を報告してくれ」
ケビンが頷く。
「食料の消費が激しく、備蓄が減っています。ですが、これは獣人戦士と開拓領兵士の受け入れが増えたためです」
「そうか……想定の範囲内だ」
すぐに次の質問を投げる。
「訓練の進捗は?」
ブルースが答える。
「開拓領兵は順調です。投槍と隊列の基礎は習得済みです。ただし、獣人の方は半数しかついてこられません。
懲戒を強めると抗議される始末で……不適格者は解雇し、木柵の獣人と入れ替えています」
「……なるほど」
フィルードは顎に手を当て、短く思考をまとめた。
「総勢で千人前後か。ローセイたちの隊、それに豚頭族の奴隷兵を加えれば、最低限の戦力にはなる」
彼の目には冷静な光が戻っていた。
戦略を練る時のフィルード――それは、誰よりも頼もしい「戦場の頭脳」そのものだった。




