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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第124章 狩人と野生魔獣

女性もまた眉をひそめ、沈黙の中で思考を巡らせていた。

 ――が、その静寂を切り裂くように、遠くから「シュッ、シュッ」と空気を裂く音がいくつも響いた。

 即座に兵士たちの怒号が上がる。

「またあの卑劣な若造が来たぞ!」

 俺は岩陰に身を隠しながら、女――青衣の将を射程に捉えていた。

 見える。あの額に手を当て、こちらを睨むその姿。

 どうやら俺が本気で彼女を狙っていることに気づいたようだ。

 ふん、理解が遅い。

 一日中、少しでも隙があれば矢を放ってやっているというのに。

 眠らず、休まず、まるで獣のように。

 ――そうでもしなければ、あの追跡部隊の神経を擦り切らせることなどできはしない。

 魔力を込めた矢を放つ。空を裂き、二人の兵士を貫く。

 女の視線が一瞬こちらを捉えた――その刹那、俺は笑い声を上げて大黒を蹴った。

 「ヒヒン」と短く嘶くと、俺たちは煙のように山中へ消えた。

 イタチが鶏を奪うよりも速く、跡形も残さない。

 奇襲、撤退、再出現。

 すべては一つの動作のように滑らかに――今の俺の戦法は、もはや一撃三十秒以内。

 矢を放つまでに要する時間は心臓の鼓動二つ分。

 青衣の女が反応する前に、もう俺はいない。

 背のリュックを開け、残り少なくなった星魔草を確認する。

 「……そろそろ限界か。」

 大黒の脚力を維持するためには欠かせない補助草。

 あれがなければ、あの速度も持久力も保てまい。

 今のうちに、できるだけ距離を稼ぐ。

 翌日の昼、俺は岩場に隠れ、完璧な待ち伏せ地点を見つけた。

 半日、息を潜めて待つ。しかし、敵の気配は一向に現れない。

 ――撤退、か?

 念のため慎重に引き返すと、やはり部隊が後退しているのを確認した。

 「やっと…諦めたか。」

 胸の奥で小さく息を吐き、緊張を解く。

 その瞬間、ようやく身体が自分の重みを取り戻した気がした。

 俺は大黒の背で相手の後方へと回り込み、声を張り上げた。

「置き矢を放つ小僧――覚えておけ! 必ずお前を捕まえてやる!」

 女の怒号が返ってくるのを聞きながら、俺は腹の底から笑った。

 数時間後、マイクたちの本隊に追いつくと、皆が驚いた顔を見せた。

 彼らは、この数日間俺が孤立無援で敵を引きつけていたことを知っていたのだ。

 俺は深呼吸し、口角を上げて告げる。

「よし、危機は去った。敵は撤退した。……全員、休め。」

 歓声が爆発した。

 中には疲れ果ててそのまま地面に倒れ、眠り込む者までいる。

「一日だけ休め。明日には帰還の準備だ。」

 そう命じてから、俺は再び大黒を駆って後方へと向かった。

 敵が追撃してこないか、最後の確認のために。

 夜を越え、翌朝。

 一行は静かに山中を抜け、帰路についた。

 だが――その途中で、俺の勘が警鐘を鳴らした。

 大黒の耳がピクリと動く。

 その鼻先には明確な怒りの震え。恐怖ではない、敵意への反応だ。

 俺は手綱を軽く引き、低く囁く。「……どこだ?」

 周囲は鬱蒼とした森。見渡す限り何もいない。

 だが、大黒が突然、一方向を睨みつけ、低く吠えた。

 次の瞬間、灰色の影が「シュッ」と音を立て、茂みの中に飛び込んだ。

「追うぞ。」

 軽く背を叩くと、大黒は弾丸のように走り出した。

 目標との距離が一気に縮まる。

 森を抜けた先で、俺はそれを視認した――子牛ほどの大きさの灰色の狼。

 その身体から滲み出る魔力の波動。

 「初級見習い魔獣、か。」

 俺は弓を構え、魔力を込めて放つ。

 矢が風を裂き、「プシュッ」と音を立てて狼の脇腹に突き刺さる。

 獣の叫びが森を震わせた。だが次の瞬間、さらに速度を上げて逃げる。

「速い……が、逃げ切れると思うなよ。」

 大黒の脚が地を蹴り、木々の間を縫う。

 左右に揺れる枝を潜り抜け、三十分ほど追跡した末、崖壁へと辿り着いた。

 上部には洞窟。そこが奴の巣か。

 灰狼は振り向き、牙を剥いた。

 その眼には、もはや恐怖よりも“縄張りの誇り”があった。

「なるほど、いい顔をする。」

 矢を引き絞り、魔力を上乗せする。

 放たれた矢は一直線に胸を貫き、狼は悲鳴を上げて倒れ込む。

 もう一矢、止めを――そう思った瞬間、周囲の茂みが「ガサガサ」と音を立てた。

「……群れか。」

 瞳孔が収縮し、すぐに矢を収めて後退。

 次の瞬間、灰色の狼たちが一斉に飛び出した。三十頭以上。

「くくっ……面白い。」

 俺は笑い、弓を引いた。

 走りながら放たれる矢が、正確に狼たちを射抜く。

 たった数百メートルで十六頭を仕留め、さらに魔力強化で四頭を追加。

 計二十頭――これで群れの半数以上を削いだ。

 全身の魔力が軋むように減っていく。

 だが、戦場とは本来こういうものだ。

 「圧倒的な優位は、冷静さの上に成り立つ。」

 一時間後、体力と魔力を回復させた俺は、再び洞窟へ戻る。

 そして残る群れを殲滅した。

 血の匂いが静まり返った頃、再びあの洞窟の前へと立つ。

 中からは、重傷を負った灰色の狼のうめき声。

 狭い洞窟だ――大黒を先に行かせ、俺は弓を構えて続く。

 足元には無数の骨。空気は淀み、肌にまとわりつくような魔力の圧。

 やがて洞の奥、青石の上で、狼が白く濁った眼をこちらに向けた。

 「終わりだ。」

 矢を放つ。石壁に反響する音。大黒が突進し、一声「アオッ」と叫ぶ。

 その巨体に押し飛ばされた狼は、一度だけ悲鳴を上げて沈黙した。

 静寂。

 俺は矢を収め、洞窟の中を見回した。

 天然の構造。人の手は入っていない。だが――この魔力濃度。

「……なるほどな。外界の十倍はある。」

 まるで小規模な魔力の泉のようだ。

 ここを利用すれば、星魔草の育成や魔力回復の効率は桁違いに上がる。

 俺は無意識に口元を緩めた。

 「悪くない“戦利品”だ。」

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