第122章 大黒、覚醒の咆哮
フィルードは少し間を置いてから、三人を見渡して静かに言葉を続けた。
「それに、君とライドン、ローセイの三人はチーム全体の中核を成す力だ。その時になって、私が彼らに君たちを解放してほしいと言っても、非常に難しいだろう。下手をすれば、君たちは秘密裏に処刑される可能性もある。」
その声には、冷静さと共に確固たる決意が宿っていた。
――だからこそ、今のうちに心を決めておけ。
命を軽んじる忠義など、ただの愚か者の自己満足だ。
「君たちは私とずっと一緒にやってきた。私の心の中では、もう手足も同然だ。たとえわずかな可能性でも、私は君たちを安全に連れ帰るつもりだ。」
「もし本当にどうしようもなくなって捕虜になったとしても、必ず生き延びる方法を考えろ。私の裏切りになるようなことをしても、私は君たちを責めない。」
「最終的には、一時的に帰順を選んでもいい。命さえあれば、いくらでも挽回できる。」
そこで一拍置き、フィルードは低く言い放った。
「覚えておいてほしい。――命を第一に考えろ。ただし、あまりに容易く膝を折るな。領地の秘密の一部を渡すのは構わない。だが、全てを明け渡してはならない。」
彼の視線は鋭く光り、三人は息を呑んだ。
「もし最後の最後まで彼らが君たちを解放しなかったら――その時こそ、私フィルード、そしてブラックスウォーター傭兵団全体が彼らと不倶戴天の敵となるだろう!」
言い終えると、彼は軽く息を吐いた。
「さて、話はここまでだ。事態はまだ取り返しのつかないところまで行っていない。私たちは引き続き山の奥深くへ進む。領地の方向には絶対に戻るな。あそこは伏兵の巣だ。」
仲間たちは感極まった面持ちで頷いた。
――貴族が平民のために命を懸ける。
その事実だけで、彼らの胸に熱いものが込み上げた。
この恩義は、一生かけても返しきれないだろう。
やがて一行は、休む間もなく山を進んだ。
逃亡に「正しい道」などない。
だからこそ、道筋を失うことが最も安全な逃走路になる。
自分でさえ行き先を知らなければ、追っ手がどうやって包囲できるというのか。
――だが、その瞬間、違和感を覚えた。
大黒の息が荒い。速度を落としても変わらない。
次の瞬間、彼の両目が赤く輝き、体を震わせて地面に倒れ込んだ。
「大黒!?」
フィルードは思わず声を上げ、背中から振り落とされた。
大黒は地面を転げ回り、体から漏れ出す魔力が激しく明滅している。
――これは……突破の兆候か。
野獣が魔獣へと進化する、あの瞬間。
「君たちは先に行け! 大黒が昇級する!」
フィルードはマイクたちに叫んだ。
「見習い段階への突破なら時間はかからない。すぐに追いつく!」
部下たちは顔を引き締め、無言で頷いて駆け出した。
残されたフィルードは、大黒を守るように周囲を警戒した。
「……焦るな、落ち着け。突破は命懸けだが、これは好機でもある。」
己に言い聞かせながら、フィルードは矢を構え、草むらの影を一つひとつ射抜く。
十分ほど経った頃、大黒のもがきが止まった。
そして、重い息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
「よく耐えたな、大黒。」
フィルードは彼の背のバッグから星魔草を取り出し、どっさり与えた。
魔草を食べた大黒は、まるで笑うように鼻を鳴らし、さらに欲しそうに見つめてくる。
「……まるで犬だな。」
思わず苦笑しつつ、もう一束を投げ渡すと、三口で食べ終えた大黒はようやく満足げな表情を見せた。
再びその背に跨がり、フィルードは木陰に身を潜めた。
昇級後の大黒を改めて観察する。
筋肉の密度が上がり、全身に魔力の循環が感じ取れる。
まだ成体ではないが、時間が経てば――あの野生の黒牛をも超えるだろう。
四十分後、敵影が現れた。
フィルードは冷静に弓を構え、矢を三本放つ。
音もなく三人が崩れ落ちた。
すぐに大黒を走らせ、姿を消す。
だが、追撃は止まらない。
――さすがだな。あの女が後ろにいる限り、簡単には退かないか。
再び立ち止まり、弓を引く。
三人を射倒し、また走る。
それを十数分繰り返し、ついに敵の足を鈍らせた。
その時、大黒が低く唸った。
「……何かいるのか?」
魔獣の感知能力は人間よりも遥かに鋭い。
つまり――強敵が近い。
「待ち伏せ中止。突っ切る。」
フィルードは即座に判断し、弓を仕舞って盾を構えた。
大黒が地を蹴る。
昇級後の脚力は凄まじく、風圧が頬を切るほどだった。
すると、草むらから青い服の女が現れた。
「この小泥棒め、警戒心の塊ね……! あれ、あの黒牛――魔獣に昇級した!?」
フィルードは女の声を背に受けながら、山の中腹まで走り抜けた。
ここは見晴らしがよく、岩が多い。
――よし、利用できる。
彼は山稜に登り、地形を確認した。
一つの岩がやや緩んでいる。
すぐに山腹に戻り、往復して偽の痕跡を残した。
追っ手を誘導する罠だ。
そして再び山頂へ戻り、岩の陰で息を潜めた。
十分も経たないうちに、追っ手が姿を現した。
青い服の女が隊列の中心にいる。
やはり、先ほどの射手だ。
――読めている。ここで仕留める。
女が岩の下に達した瞬間、鋭く視線を上げた。
フィルードはわずかに息を呑み、同時に大黒と共に岩を押し出す。
轟音が山を裂いた。
岩は斜面を転がり、女めがけて落下する。
驚愕の表情が彼女の顔を掠めた。
「危ない!」
女は地面を転がり避けるが、隣にいた隊長は間に合わなかった。
巨岩に叩き潰され、崖下へ転げ落ちる。
五、六人の親衛兵も同時に巻き込まれ、全滅。
――一撃で六人。上出来だ。
フィルードは冷ややかに状況を見下ろした。
その瞬間、女が怒りに満ちた顔で弓を引く。
「チッ!」
矢の音が風を裂く。
即座に盾を構え、「ドスン」という鈍音と共に矢が突き刺さった。
だが、距離が遠い。致命傷にはならない。
「無駄だ。」
そう呟き、大黒の背に飛び乗る。
黒い巨体が矢のように飛び出し、瞬く間に視界から消えた。
女は地面を踏み鳴らし、怒号を上げる。
「五人を山の下に回せ! 生存者を確認! 残りは追え!
この忌々しい傭兵の頭……! 三人の隊長を殺した。必ず捕らえる!」
だが、山の奥ではすでに、黒き影と共に風を切る音だけが響いていた。
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