第112章 石弾の咆哮
弩車を使い始めてからというもの――戦いは、あまりにも一方的だった。
獣人たちは遠距離から次々と射殺され、ようやく近づけた者も、投槍の嵐に呑まれて倒れた。
最後に残った連中は、転がり落ちる石と丸太に押し潰される。
もはや、城壁に梯子をかける余地すら与えられなかった。
「戦場とは、本来こうあるべきだ」
フィルードは冷めた目で戦況を見下ろしながら呟いた。
敵に“抵抗の幻想”すら抱かせない。
それが最も効率的な殲滅だ。
この圧倒的な攻撃を可能にしているのは、単純に弩車の性能だけではない。
弩矢として使用可能な特製投槍を、大量に蓄えているという圧倒的な物量差だ。
領地では、すでに数十人の奴隷が穂先の製作に習熟している。
彼らは鍛冶屋というより、**俺が設計した“分業ラインの職工”**に近い。
一人あたり一日五~六本。
その生産効率は、前世の小規模工場に匹敵する。
シャルドゥンが見つけた軽量木材は、まさに理想的だった。
薄く削り、短く切断し、簡単な手直しを加えるだけで矢柄になる。
矢羽根用の羽毛は――領地で飼育するアヒルから取れる。
数はすでに1500羽。以前の三倍だ。
戦場でどれだけ矢を失っても、在庫は減らない。
6000本以上の投槍が常備され、日々100本以上が新たに補充される。
破損率を考慮しても、供給が尽きることはない。
――弩車とは、物資が潤沢であってこそ真価を発揮する兵器だ。
午前中だけで、600人以上の獣人戦士が倒れた。
その半数以上が、弩矢による即死。
彼らは城壁の下に辿り着く前に、命を絶たれた。
獣人たちは、正面からの攻撃をついに諦め、崖に向けて掘削を開始する。
人数は前日より倍増。
――学習する敵。
フィルードは眉を寄せ、崖の角度と距離を測った。
「……登り切るまで、あと三日」
すでに包囲は四日目。
敵が山頂に達した瞬間、全方位からの総攻撃が始まるだろう。
今のままでは、確実に押し潰される。
だが焦りはない。状況を動かす鍵は、必ずこちらの手で作る。
そして夜。
目の下に濃い影を落としたシャルドゥンが、ついに現れた。
「領主様……ついに完成しました。投石機です!」
彼が連れてきた試作機は粗削りで、木のとげがまだ表面に残っていた。
だが、その姿を見た瞬間――フィルードは確信した。
「これが……突破口になる。」
底には青石の重し。
丸太がてこの軸として立ち、牛革の綱が二本。
中央には獣皮の弾座。
構造は単純だが、蓄力と放出の理屈は理にかなっている。
「どれくらいの距離を飛ばせる?」
「三十から四十ポンドの石を、六十メートルほどです。ただし改良すれば――」
シャルドゥンの声には自信と疲労が入り混じっていた。
一昼夜の奮闘の成果だ。
「十分だ。量産に入れ」
「よろしいのですか?まだ粗い試作品ですが……」
「構わん。戦場では完成度より速度が命だ。十台――三日以内に仕上げろ」
短く命じると、フィルードは木片を指先で弾いた。
乾いた音が夜気に響く。
「これで奴らの“静寂”を、粉々に砕いてやる」
その夜、試作の二台が城壁上に設置された。
獣人たちが再び篝火を灯すのを待ち、フィルードは合図を送る。
「撃て」
ゴウッと空気を裂く音。
巨石が弧を描き、篝火の上に落ち、火花と共に獣人の叫びが上がった。
狙いはまだ甘い。だが、それで十分だった。
恐怖を刻み込むには、命中より“印象”の方が大事だ。
石が外れれば二発目、二発で足りなければ三発。
篝火が灯るたび、炎は石の雨に消される。
その様を見て、フィルードは冷笑を浮かべた。
「夜の支配権は、こちらが握った」
そして彼は、チェリルを呼び寄せた。
「チェリル百人隊長。お前たち暗夜小隊に任務を与える。
今夜中に、城壁の下に幅三メートルの防火帯を作れ。
雑物をすべて片付けろ。――燃える足場を与えるな。」
チェリルは頷いたが、まだ不安を隠さぬまま言った。
「ですが、団長様。我々にはこれだけの弩車があります。あの獣人どもが城壁に触れることすら――」
「楽観は毒だ。」
フィルードは首を振った。
「獣人の首領は、愚かではない。崖の各所に登攀路を作っている。
数百の足場のうち、たとえ一割が完成しても、我々は四方から襲われる。
時間が経つほどに不利になる。
――奴らは進化している。だから、俺も“次の手”を打たねばならん。」
チェリルは深く頭を下げた。
「団長様のご慧眼、肝に銘じます」
「いい。見方が違うだけだ。行け。夜は短い」
静かな命令とともに、彼女の部隊は闇へと消えていった。
その背を見送りながら、フィルードは呟く。
「戦いは、常に思考の速い方が勝つ」
そして彼は、再び夜風の中、城壁に立った。
獣人の野営地の炎が、遠くで微かに揺れていた。
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