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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第110章 血に沈む砦と策略の影

フィルードはわずかに首を振り、チェリルに座るよう促した。

「チェリル百人隊長。今回の敵はこれまでとは格が違う。夜襲部隊を無闇に危険へ晒すわけにはいかない。……下手をすれば、ボア・マンに包囲されるぞ。絡め取られた時点で終わりだ。あの巨獣どもの膂力を知っているだろう?」

 チェリルは短く息を呑み、真剣な面持ちで頷いた。

「問題ありません。空がもう少し暗くなったら、兄弟たちを率いて下へ向かいます。」

 フィルードは黙って頷いた。だがその胸中では、戦略盤を睨むようにいくつもの思考が交錯していた。

 ――この戦は、ただの防衛戦では終わらない。奴らの目的が何か、見極めねばならない。

 皆が夕食を終えた頃、チェリルは死体の搬送に向かおうとしていた。

 その瞬間、谷の入り口が突如として橙色の光に包まれた。大量のかがり火が灯され、部族の戦士たちが恐る恐る薪を運んでいる。

 木製の城壁全体が炎の照り返しに晒された。

 フィルードは奥歯を噛み締め、静かに息を吐く。

 ――やるな。夜襲を封じるだけでなく、死体の処理まで妨害する気か。獣人どもにしては、随分と頭を使う……。

 この群れは、今までの烏合の衆とは明らかに違う。

 それを悟った瞬間、背筋を冷たいものが走った。

 今回の大軍は、過去に滅ぼした部族の報復なのか。それとも、獣人上層部が本格的に動き始めたのか。

 もし後者なら――この領地はもう、永遠に安寧を得られないだろう。

 死体を焼き払うという選択肢は取れなかった。外壁は丸太で組まれており、火を放てばこちらの防衛線そのものを焼くことになる。

 焦燥を押し殺しながら、フィルードは周囲を見渡した。目の端に、盾の影に潜んでいる獣人兵の姿が映る。

 怒りが、戦略の理性を一瞬突き破った。

 彼は弓を引き抜き、無言のまま狙いを定めた。

 短い弦音。次の瞬間、獣人の四肢が貫かれ、悲鳴が谷に響いた。

 距離はわずか数十メートル。

 フィルードは素早く軽弓へ持ち替え、無駄なく矢を放ち続けた。

 中級魔法使い見習いとなった今の彼の腕力なら、この程度の軟弓で数十射は容易だ。

 同時に、彼は射撃精度の高い傭兵七、八名にも命じた。

 矢が夜空を切り裂き、炎光に照らされた獣人の影が次々と崩れ落ちていく。

 しばらくして、かがり火の周囲は混乱に陥った。

 火を見張っていた獣人たちは次々と逃げ出し、悲鳴が連鎖する。

 だがその直後、さらに大きな咆哮が響いた。

 ――ボア・マンの制裁だな。逃げた兵を斬ったか。

 再び、別の部族の戦士たちが怯えた様子で現れ、薪を投げ込み、すぐさま退却した。

 だがフィルードの矢は容赦しない。闇に紛れた彼の射撃は正確無比だった。

 一晩中続いたこの小競り合いで、彼は敵に五十人以上の負傷者を出させた。

 夜が明けるころ、ほんの一瞬まぶたを閉じたその時――角笛が鳴り響いた。

 攻城が再開されたのだ。

 今回は様相が違った。獣人たちは武器だけでなく、背に大きな袋を担ぎ、そこには土や丸太が詰め込まれていた。

 その光景を見て、フィルードは額を押さえた。

 ――やはりか。やつら、本気で死体と土で城壁を埋めるつもりだ。

 突撃してくる部族の戦士たちは、もはや戦士ではなかった。

 処刑場へ向かう囚人のように足を引きずり、絶望を浮かべたまま突き進む。

 中には泣き叫びながら崩れ落ちる者もいた。

 城壁の上から見下ろすフィルードたちは、もはや屠殺者のようだった。

 石、丸太、投槍――あらゆる武器が降り注ぎ、戦場は再び血に染まった。

 正午を過ぎる頃、城壁下の死体はまた厚く積み上がり、数百の命がそこで潰えた。

 そして悪い兆候が現れる。死体や瓦礫の山が、すでに城壁の三分の一の高さにまで達していたのだ。

 ――このままでは数日ももたぬ。だが、奴らの損耗も限界だ。

 二度の攻城で、敵は千人以上を失っていた。

 それでも、午後になると戦列を整え直し、土煙を上げていた。

 遠くから眺めると、さらに五つの中規模部族が支援に来ている。

 追加戦力、約千五百。

 フィルードは目を細めた。

 ――殺すより補充のほうが速い。奴ら、補給線が完全に機能しているな……。

 つまり、ボア・マンはこの領地を落とす気だ。本気で。

 午後の間、敵は攻撃を仕掛けず、代わりに遠方で木を切り出していた。

 カンカンという打撃音が響き続け、やがて巨大な木製の筏が形を成した。

 それを見た瞬間、フィルードの脳裏に電流が走る。

 ――木排もくはいか……。防御を突破せず、直接埋め立てに出たか。

 三日目、数百の獣人が木製の筏を掲げて突撃してきた。

 五十人から六十人の部族戦士がその下で支え、内部には土嚢を抱えた兵が隠れている。

 それは明確に計算された動きだった。無駄な死者を減らしながら、確実に埋め立てを進めるつもりなのだ。

 ――……この中に、指揮官がいるな。愚かではない。

 城壁下に筏が到達し、獣人たちは土を降ろすとすぐに退却する。

 上からの石塊は厚い板に弾かれ、ほとんど効果を与えられない。

 フィルードと千人隊長たちは眉を寄せた。

 「団長様、彼らにこんな真似を続けさせるわけにはいきません。兄弟たちを率いて突撃を――!」

 ブルースの目は血走っていた。ユリアンも同意の声を上げる。

 だがフィルードは即座に首を振る。

 「駄目だ。今出れば、包囲網に飲み込まれる。こちらから救援は出せない。」

 そう言ってケビンを振り返った。

 「後方へ走れ。奴隷たちに命じて、丸太を三本束ね、重石を増やせ。粗製の筏がどこまで耐えられるか……見せてもらおう。」

 まもなく、加重された丸太がいくつも完成し、城壁上に運び上げられた。

 敵の突撃と同時に、それを落とす。

 轟音とともに木製の筏が真っ二つに砕け、内部の獣人兵が地面に叩きつけられた。

 二本目の丸太が落ちる頃には、筏は完全に崩壊。

 さらに投槍が雨のように降り注ぎ、辛うじて生き残った獣人も次々と倒れていく。

 わずかに残った戦士たちは、恐怖に顔を歪めながら逃げ出した。

 それでもボア・マンの首領は怒り狂い、再び突撃を命じる。

 夕暮れまで続いた戦いの果てに、獣人たちはまた五百の死体を積み上げただけで、ほとんど成果を得られなかった。

 ――死体の山は高くなった。だが、それだけだ。

 フィルードは無言のまま、赤黒く染まった大地を見下ろした。

 風が吹くたびに、血と鉄の匂いが砦を包み込む。

 その眼差しの奥で、彼は静かに次の策を練り始めていた。


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― 新着の感想 ―
やっと手強い獣人兵が出てきたか!! 死体で城壁を乗り越えるとか獣人ならではの発想だな人間兵だと同齢だとしてもそんなことしてたら士気がだだ下がりだな これをどう乗り越えるか気になるなーーチェリルにも出…
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