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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第108章 獣人の報復と谷の守り

その後、俺たちは一気に突入した。こちらの兵数は敵の二倍以上――だが、優勢とは言い難い。

肉と肉がぶつかり合い、骨が砕け、怒号と悲鳴が渦を巻く。

……これが獣人同士の戦いか。人間同士の戦場など、子供の喧嘩に思える。

「押し返せッ!」

前線で咆哮が響く。獣人たちは血と本能に突き動かされ、仲間の死体を踏み越えて牙をむいた。

焦った一人が、敵の首筋に噛みつく。牙が肉を裂く音が耳に刺さる。

俺は一瞬、その光景に冷たい笑みを浮かべた。――悪くない。獣性を理性で縛るより、今はその獰猛さを利用する。

だが、次の瞬間、戦場の向こうに異様な気配が走った。

敵軍の中から、一際巨大な斧を担いだ男が姿を現す。

……来たか、獣人側のリーダー。ずっと待っていた。

俺は静かに弓を取った。

魔力を矢に注ぎ込み、息を殺して照準を定める。

「――終わりだ」

ヒュッ、と音を立てて矢が空を裂き、まっすぐに奴の首筋を狙う。

だが、奴も只者ではなかった。反射的に斧を構え、魔力を集中させて防御する。

「ドンッ!」

矢は砕け、衝撃が爆ぜた。

リーダーは数歩後退したが、まだ立っている。

俺はその姿を見て、笑みを深めた。喉を切り裂く仕草をしてみせると、奴は目を見開き、慌てて身を隠した。

……いい反応だ。恐怖を刻み込むには充分だ。

戦場は混乱していた。だが優勢はこちらに傾きつつある。

獣人連合軍の勇敢さは本物だったが、俺の軍勢の数と統率はそれを上回っていた。

やがて敵は崩れ、雪崩を打って逃走を始める。

「追撃開始!」

俺の命令一下、獣人連合軍は雄叫びを上げて走り出す。

……だが、その時、ローセイが飛び出した。

「武器を捨てろ! 抵抗を止めた者は殺すな!」

まるで俺の冷酷さを抑えるように叫ぶその姿に、少しだけ苦笑が漏れた。

甘い。だが、こういう役も必要だ。

俺の視線は、再び敵のリーダーに向いていた。

敗走する部族を見て、奴は絶望の叫びを上げながら逃げ出した。

「逃すと思うか」

俺は再び弓を引き絞る。

今度は一切の警戒も間に合わなかった。矢が背中を貫き、鉄鎧をも突き抜ける。

リーダーは絶叫と共に地に倒れ込んだ。

「ライドン!」

呼ぶまでもなく、彼はもう動いていた。

双刃斧を携え、獣のような速さで駆け寄る。

うつ伏せで呻くリーダーの腕を、ためらいなく叩き斬った。

二度の悲鳴。腕が地に転がる。

すぐさま兵士たちが駆け寄り、縄でリーダーを縛り上げた。

「よし……これで指揮系統は崩壊だ」

俺は振り向き、千人隊長たちに命じる。

「部隊を分け、逃げた獣人を追え。捕らえた者は全員拘束しろ。奴らは貴重な労働力だ」

隊長たちは顔を見合わせ、微妙な表情で頷いた。

追撃戦は一時間続いた。逃げ延びた者は僅か二割。

抵抗を諦めた小部族も次々に降伏し、最終的な捕虜の数は三千から四千。

――予想以上の成果だ。だが、問題もある。

この数では隊列の移動速度が著しく低下する。

「……そろそろ戻るべきだな」

帰還の準備を進めながら、俺はローセイに命じた。

「周囲の部族に知らせろ。我々は毒性ドングリと羊毛を制限なしで買い取ると」

交易の種を蒔く。これも戦略の一環だ。

二日半の行軍を経て、ついに峡谷領地へ帰還。

ケビンが獣人の捕虜たちの列を見て絶句した。

「団長様……彼らを全員奴隷に? そんなことをすれば草が……」

「心配するな。奴らは一時的に収容するだけだ。頑固な者だけを残し、他は再配置する。」

俺の答えにケビンは安堵の息をついた。

「それで、彼らをどこに使うおつもりです?」

「石の採掘だ。木塀の背後に石の城壁を築く。それと、粘土採取にも回せ。レンガを焼かせる。」

「承知しました。」

ケビンは去り、指示を伝えに走った。

――労働力、資材、建設計画。すべては次の段階のため。

俺は休む暇もなく、戦を続けるつもりだった。

しかし、三日後。マイクが馬を駆って戻ってきた。

「団長様! 千人を超える獣人軍団が接近中! そのうちボア・マン戦士が二百名以上!」

「……ボア・マンだと?」

さすがに俺も眉をひそめた。なぜこのタイミングで正規軍が動く?

だが、考えている暇はない。

「ローセイ! すぐに外の獣人連合軍に伝えろ。上等種が来た、退きたい者は帰れ!」

命令を出し終えると、俺は振り向いて千人隊長たちに怒鳴った。

「兵を集めて城壁に登れ! 今回は本気で防衛するぞ!」

「ケビン、お前は護衛百人を率い、全獣人労働者を拘束しろ。反乱の兆しがあれば即座に斬れ! 報告は不要だ!」

「さらに騎兵を二人、モニーク城へ走らせろ。侯爵様に現状を伝えろ!」

領地全体が、一瞬で戦争体制に変わった。

まるで巨大な機械が動き出すように、号令と足音が響く。

峡谷外の獣人連合も、それぞれ決断を下した。

八つの甲等部族は全て残留。乙等部族は半数が撤退。

結果、残る兵は四百に満たなかった――それでも、俺は全ての乙等部族を昇格させた。忠誠には報いる。

数時間後、地平の向こうに黒い波が押し寄せた。

無数の獣人たちが、地を揺らして進軍してくる。

……やはり来たか。

俺は遠望しながら、心の中で呟いた。

「燃やしておいて正解だったな。」

峡谷外の木々は全て焼き払ってある。これで奴らは野営も攻城兵器の製造もできない。

「攻めさせるしかない……こちらは谷の中で耐える。」

その夜、俺は夜襲を仕掛けることをやめた。

敵には二百名のボア・マン戦士。リスクが高すぎる。

――ここは冷静に、そして確実に。

フィルードの目は闇の中、燃えるように光っていた。

次の戦いは、間違いなく試練になる。

だが同時に、領主としての真価を示す舞台でもあった。


PS:ここまで読んでくださりありがとうございます!

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