第108章 獣人の報復と谷の守り
その後、俺たちは一気に突入した。こちらの兵数は敵の二倍以上――だが、優勢とは言い難い。
肉と肉がぶつかり合い、骨が砕け、怒号と悲鳴が渦を巻く。
……これが獣人同士の戦いか。人間同士の戦場など、子供の喧嘩に思える。
「押し返せッ!」
前線で咆哮が響く。獣人たちは血と本能に突き動かされ、仲間の死体を踏み越えて牙をむいた。
焦った一人が、敵の首筋に噛みつく。牙が肉を裂く音が耳に刺さる。
俺は一瞬、その光景に冷たい笑みを浮かべた。――悪くない。獣性を理性で縛るより、今はその獰猛さを利用する。
だが、次の瞬間、戦場の向こうに異様な気配が走った。
敵軍の中から、一際巨大な斧を担いだ男が姿を現す。
……来たか、獣人側のリーダー。ずっと待っていた。
俺は静かに弓を取った。
魔力を矢に注ぎ込み、息を殺して照準を定める。
「――終わりだ」
ヒュッ、と音を立てて矢が空を裂き、まっすぐに奴の首筋を狙う。
だが、奴も只者ではなかった。反射的に斧を構え、魔力を集中させて防御する。
「ドンッ!」
矢は砕け、衝撃が爆ぜた。
リーダーは数歩後退したが、まだ立っている。
俺はその姿を見て、笑みを深めた。喉を切り裂く仕草をしてみせると、奴は目を見開き、慌てて身を隠した。
……いい反応だ。恐怖を刻み込むには充分だ。
戦場は混乱していた。だが優勢はこちらに傾きつつある。
獣人連合軍の勇敢さは本物だったが、俺の軍勢の数と統率はそれを上回っていた。
やがて敵は崩れ、雪崩を打って逃走を始める。
「追撃開始!」
俺の命令一下、獣人連合軍は雄叫びを上げて走り出す。
……だが、その時、ローセイが飛び出した。
「武器を捨てろ! 抵抗を止めた者は殺すな!」
まるで俺の冷酷さを抑えるように叫ぶその姿に、少しだけ苦笑が漏れた。
甘い。だが、こういう役も必要だ。
俺の視線は、再び敵のリーダーに向いていた。
敗走する部族を見て、奴は絶望の叫びを上げながら逃げ出した。
「逃すと思うか」
俺は再び弓を引き絞る。
今度は一切の警戒も間に合わなかった。矢が背中を貫き、鉄鎧をも突き抜ける。
リーダーは絶叫と共に地に倒れ込んだ。
「ライドン!」
呼ぶまでもなく、彼はもう動いていた。
双刃斧を携え、獣のような速さで駆け寄る。
うつ伏せで呻くリーダーの腕を、ためらいなく叩き斬った。
二度の悲鳴。腕が地に転がる。
すぐさま兵士たちが駆け寄り、縄でリーダーを縛り上げた。
「よし……これで指揮系統は崩壊だ」
俺は振り向き、千人隊長たちに命じる。
「部隊を分け、逃げた獣人を追え。捕らえた者は全員拘束しろ。奴らは貴重な労働力だ」
隊長たちは顔を見合わせ、微妙な表情で頷いた。
追撃戦は一時間続いた。逃げ延びた者は僅か二割。
抵抗を諦めた小部族も次々に降伏し、最終的な捕虜の数は三千から四千。
――予想以上の成果だ。だが、問題もある。
この数では隊列の移動速度が著しく低下する。
「……そろそろ戻るべきだな」
帰還の準備を進めながら、俺はローセイに命じた。
「周囲の部族に知らせろ。我々は毒性ドングリと羊毛を制限なしで買い取ると」
交易の種を蒔く。これも戦略の一環だ。
二日半の行軍を経て、ついに峡谷領地へ帰還。
ケビンが獣人の捕虜たちの列を見て絶句した。
「団長様……彼らを全員奴隷に? そんなことをすれば草が……」
「心配するな。奴らは一時的に収容するだけだ。頑固な者だけを残し、他は再配置する。」
俺の答えにケビンは安堵の息をついた。
「それで、彼らをどこに使うおつもりです?」
「石の採掘だ。木塀の背後に石の城壁を築く。それと、粘土採取にも回せ。レンガを焼かせる。」
「承知しました。」
ケビンは去り、指示を伝えに走った。
――労働力、資材、建設計画。すべては次の段階のため。
俺は休む暇もなく、戦を続けるつもりだった。
しかし、三日後。マイクが馬を駆って戻ってきた。
「団長様! 千人を超える獣人軍団が接近中! そのうちボア・マン戦士が二百名以上!」
「……ボア・マンだと?」
さすがに俺も眉をひそめた。なぜこのタイミングで正規軍が動く?
だが、考えている暇はない。
「ローセイ! すぐに外の獣人連合軍に伝えろ。上等種が来た、退きたい者は帰れ!」
命令を出し終えると、俺は振り向いて千人隊長たちに怒鳴った。
「兵を集めて城壁に登れ! 今回は本気で防衛するぞ!」
「ケビン、お前は護衛百人を率い、全獣人労働者を拘束しろ。反乱の兆しがあれば即座に斬れ! 報告は不要だ!」
「さらに騎兵を二人、モニーク城へ走らせろ。侯爵様に現状を伝えろ!」
領地全体が、一瞬で戦争体制に変わった。
まるで巨大な機械が動き出すように、号令と足音が響く。
峡谷外の獣人連合も、それぞれ決断を下した。
八つの甲等部族は全て残留。乙等部族は半数が撤退。
結果、残る兵は四百に満たなかった――それでも、俺は全ての乙等部族を昇格させた。忠誠には報いる。
数時間後、地平の向こうに黒い波が押し寄せた。
無数の獣人たちが、地を揺らして進軍してくる。
……やはり来たか。
俺は遠望しながら、心の中で呟いた。
「燃やしておいて正解だったな。」
峡谷外の木々は全て焼き払ってある。これで奴らは野営も攻城兵器の製造もできない。
「攻めさせるしかない……こちらは谷の中で耐える。」
その夜、俺は夜襲を仕掛けることをやめた。
敵には二百名のボア・マン戦士。リスクが高すぎる。
――ここは冷静に、そして確実に。
フィルードの目は闇の中、燃えるように光っていた。
次の戦いは、間違いなく試練になる。
だが同時に、領主としての真価を示す舞台でもあった。
PS:ここまで読んでくださりありがとうございます!
フィルードの冷徹な戦略が少しでも面白いと思った方は、ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆評価】で応援していただけると嬉しいです。
感想もお待ちしています。励みになります!




