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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第一卷 傭兵から商人へ① ――異世界サバイバルと最初の血

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第10章 不運な商隊

テーブルの上に並んだ料理は、思わず目を見張るほど豪華だった。

 白くて大きなパン、こんがりと焼かれたローストチキン、湯気を立てる羊肉の皿、さらに大樽いっぱいのエール。

 ──少なくとも、この世界に来てから食べた中では一番のご馳走だ。

 おそらく、ウォーカー騎士本人ですら、そう頻繁に口にできるものではないだろう。今日の大盤振る舞いは、戦での勝利を祝うためらしい。

 食前、上機嫌のウォーカー騎士は満面の笑みを浮かべ、こちらに向き直った。

「フィルード、フェリエルから聞いたぞ。お前の弓の腕前はたいしたものだそうだな」

「……」

 彼の声には誇張も酔いも混じっていたが、その言葉が嘘ではないことはフィルード自身がよく分かっていた。

「私の従者の一人が、あの老いぼれ狐フェインに急所を突かれて討ち死にした。勇敢な男だったよ。……そこでだ、フィルード。お前、私の従者にならないか? 馬と装備はもちろん用意してやろう。戦闘技術も直々に教える。さらに毎月四枚の銀貨を給料として支払おう。大金ではないが、長期的に見れば将来は貴族に昇進できる機会だって与えられるぞ!」

 豪快に笑うその顔を前に、フィルードの胸が一瞬だけ揺らいだ。

 騎士の従者……確かに待遇は悪くない。しかしすぐに理性がその考えを否定する。

(従者になれば、自由を失う。半ば農奴同然だ。……それに、この人自身も領地をわずかに持つだけの下級貴族にすぎない。そんな人間が「貴族にしてやる」なんて約束、信じられるものか)

 ましてウォーカー騎士の性格は短気で衝動的だ。彼に仕えれば、いずれ必ず厄介ごとに巻き込まれる。

 そう心に決め、フィルードは静かに口を開いた。

「ウォーカー騎士、お声をかけていただき光栄です。しかし、私は子供の頃から森を自由に飛び回る鳥のように生きてきました。束縛には向きません。……ですが、もしまた戦があれば、そのときは必ず旗のもとに戻り、忠誠を尽くしましょう」

 一瞬で表情を曇らせた騎士だったが、後半の言葉を聞くと機嫌を少し取り戻した。

「ふん……まあいい。よく考えておけ。私の門はいつでも開いているぞ。よし、食事にしよう!」

 言うが早いか、彼はテーブルのローストチキンを豪快に掴み取り、大口でかぶりついた。

 フィルードも遠慮なく、並ぶ料理へと手を伸ばす。

 食事の間は上機嫌な騎士と軽口を交わしつつ、満腹になったところで今日の報酬を清算することになった。酒に酔った騎士は、以前フェリエル執事から借りていた銅フィニーを帳消しにしてくれる大盤振る舞い。さらにフィルードが亡くなった従者の装備を買いたいと申し出ると、気前よく値を下げて売ってくれた。

 ──片手用の長剣と鉄をはめ込んだ革鎧。

 価格は二十八枚の銀貨、定価より二枚も安い。加えて、十二銀貨を現金で受け取った。

 夜も更け、ウォーカー騎士は宿泊を勧めた。フィルードは断る理由もなく、翌朝早くに辞去する。

 町へ戻った彼は、すぐに金策を焦る必要がなくなっていた。手元にまだ十分な金がある。そこで酒場へ向かい、一番安い部屋を借りた。一泊たったの銅フィニー一枚。

 部屋に荷物を置いたあと、下の食堂で食事をとる。ここは町で唯一の酒場で、朝から人で賑わっていた。

 フィルードは隅の席に腰を下ろし、ローストチキンと黒パンを注文する。

 運ばれてきたチキンは、どこか鶏というよりは野鳥に近い姿で、ひとまわり小さい。しかし値段は安く、銅フィニー六枚。とはいえ、三ポンドの黒パンと同じ価値を持つほど、肉はこの町では贅沢品だ。

(……今の俺には、贅沢こそ必要だ。体を強くしなければならない)

 痩せ細った自分の体を鍛え直すため、彼は迷わず肉を口へ運んだ。

 食事をしながら、耳は自然と周囲の会話を拾っていた。だが聞こえてくるのは下品な冗談ばかり。やがて、ようやく気になる情報が耳に入る。

「なあクリク、聞いたか? ブライアン商隊が国境地帯で豚頭族に襲われたらしい。大損害だとよ」

「ふん、珍しい話じゃないな」

 クリクと呼ばれた男が、エールをぐいと飲み干しながら言い捨てる。

「税を避けるために北の国境を通る商人どもは後を絶たない。命を惜しまず金に群がる……自業自得だ」

「いや、そうとも言い切れない」

 もう一人の男が首を振る。

「若い頃、俺も行商をやろうとしたことがある。豆を一輪車に積んで、子爵領のカランまで運んだんだ。本来なら高く売れるはずだった。……だが道中で貴族どもに次々と税を取られて、結局は赤字。もう二度とやるまいと思ったね」

 その言葉に、クリクも口をつぐみ、しばし考え込むようにエールを傾けた。

 ──フィルードは耳を傾けながら、心の中で小さく笑う。

(仕事の匂いがしてきたな)

 もっとも、すぐに飛びつくつもりはない。まずは体を整えるのが先決だ。

 その後一週間、彼はひたすら食べ、鍛え続けた。結果、身体は一回り大きくなったが、七日間で七枚もの銀貨を費やし、手持ちは半分以下に。

 同時に情報も集めた。襲撃されたブライアン商隊は近隣の町で傭兵を募集しており、提示された条件は破格だった。

 ──参加するだけで銀貨一枚。豚頭族を一人倒せばさらに一枚。加えて、勇敢な傭兵には戦利品の三割が分配されるという。

 だが真相を知る者の話では、もともと三十人いた護衛は、生き延びたのが数人だけ。ほぼ全滅に近かったという。つまり、相手にしているのは侮れぬ強力な部族だ。

 武装を整えたフィルードは、町の募集所へと足を運んだ。

 遠くからでも、ブライアン商隊の従業員は彼に目を留める。精巧な装備を纏った姿は、素人ではないと一目で分かるのだろう。

 その男は、話していた少年を横にどかし、急いで駆け寄ってきた。

「勇士殿! あなたはきっとプロの傭兵に違いありませんね。私はゾアン、ブライアン商隊の者です。我らと共に、邪悪な豚頭族を討伐していただけませんか!」

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