第6話 家庭訪問
俺は辻中に案内され、スナック『甘桜』に来ていた。
「どうも先生、美夜子の母の梢です。カウンター席にどうぞ」
「はい。本日はお忙しいところお時間を取っていただきありがとうございます」
快く俺を迎えてくれたのは、辻中の母、梢さんだ。
照明の光に照らされた髪は青っぽい黒色。その髪を上品に結い上げた愛嬌のある中年女性だ。
「ごめんなさいね。私も忙しくてこんな場所で面談することになって。なかなかないでしょう?」
「そうですね。普通は生徒の自宅ですから……」
「ここ、二階が生活スペースになってるから自宅ですよ。はいセンセ、お茶」
梢さんと話していると、辻中が高そうなお酒グラスをカウンターテーブルに置いてくれた。
場所が場所なだけにお酒に見えるな……色的にウイスキーみたいだし。
「ありがとう。ごくごく……ふぅ」
飲んでみると普通にお茶だった。
だよな、いくら何でもそこまで非常識じゃないよな。というか家庭訪問とはいえ、仕事中にスナックってなんだか罪悪感が……。
「緊張してます? 大丈夫ですよ、今センセしかお客さんいないから」
「いや俺、客じゃないけど……あの、辻中は席を外してもいいぞ」
「いえ、そういうわけにはいきません。私、センセをお母さんに紹介したいので」
紹介? 面談なのに? ちょっと嫌な予感が……。
「お母さん、こちら私のことが好きで好きでたまらない系ティーチャーの永守真昼先生です」
「あら」
「ちょっと辻中……!?」
ニヤニヤ顔で口に手を添える梢さんを尻目に、俺は辻中に驚きの視線を送った。
辻中は嬉しそうに頬を緩め、惚気始める。
「もちろん好きなのは恋愛的な意味ですね、もう『俺じゃ頼りないか?』って言って私たちの将来もちゃんと考えてくれる優男でぇ――」
「ちょっと親の前でその紹介はシャレにならないって! やめなさい!」
「えーでもぉ」
「でもじゃない。お母さん違いますから、俺――いや、僕は教師として見てるだけで――」
「先生、この子、冗談言う子じゃないんですよ。しっかりしてるし、お店も手伝ってくれるできた娘なのよ」
「いや、これ本気にされると色々僕の立場も危ういので……」
「じゃあさぁセンセ、あのとき言った言葉は本気じゃなかったんですか?」
「どのときだよ……!?」
「さっき言ったじゃないですか『俺じゃ頼りないか』って私を口説いてきた――」
「アレで口説いたとか拡大解釈だろ……ってもうその話はいいから本題に入ろうな」
辻中の追撃を退けると、俺は梢さんに向き直った。
「学園で聞いた話なんですが、娘さんがおじ様たちによくないことをしているらしく……」
「よくないこと、ですか?」
「ええそうです。いけないバイトでもしてるんじゃないか不安で……ほら、金銭をもらっておじさんにサービスをするとか」
そんな驚いた様子もなく軽く首をひねる梢さんに、俺は腫れ物に触れるような調子で言った。本当は辻中本人が横にいるときに話すようなことじゃないが「センセ、私のことめっちゃ心配してるー嬉しいなー」となぜかご機嫌だった。なんだか調子が狂う。
「まあ実際してるわねぇ。お金をもらっておじさんたちにサービスを」
「え!? 梢さん、それって……」
ヤバいことになった。親公認でいけないバイトをしてるなんて大問題だぞ。
「さっきも言ったのだけれど、この子にお店の手伝いをしてもらっていて、おじさんたちの話し相手をしてるところをよく見るわ」
「あーそういう感じですか……」
実は薄々わかっていた。
さっきお店も手伝ってくれるって言ってたし、ここってスナックだからおじさんたちもよく利用してるわけだし、少し考えればわかることだ。
「センセ恥ずかしーんだー、私がいけないバイトをしてるなんて勘違いして家庭訪問までしたのに残念でしたー、おじ様の相手はお店の手伝いでしてましたー」
「お前めっちゃ煽ってくるじゃん」
もうこれ以上ないくらい悪戯っ子な笑みを向けられると、俺はため息交じりに苦笑した。
ひとしきり、ふふふ、と笑った辻中は悪戯っ子な笑みを消し、母親のような優しい表情を作った。
「でもありがとね」
「え、ああ。まぁ俺先生だし……勘違いだったけど、辻中が無事で良かったよ」
「私のことをちゃんと考えてくれて、私の家まで来てくれて、本当にいいセンセですよー、えらいえらい」
「お? なんだ? 褒めて伸ばすタイプか?」
辻中に背中をぽんぽんと叩かれながら俺は気さくに笑った。
「この子ってたまに私よりママなのよね……」
梢さんは複雑な表情を浮かべた。スナックのママで母親でもある梢さんよりも辻中の方がママってなんだか笑えてくるが、これは家庭訪問なんだ。もっとしゃきっとしないといけない。
そういうわけでこの後、辻中の学園での様子をいくつか話した俺は、スナックを後にしたのだった。