浮気の証拠固め
逃亡の決行日が決まった。来週の木曜日だ。木・金と出張ってことにしている。つまり、木曜日には帰ってこなくても妻は気付かない。出張先は東京ってことにした。行き先としては真逆。万が一尾行が付いていても途中で振り切れば俺を追跡できない。金曜の夜は友達に会うことになってる。だから帰宅は土曜日の昼以降だと妻には伝えた。東京には大学時代の友達が1人いる。上京して世田谷だかって割といいところにマンションを買ったらしい。何年か前に自慢の年賀状が届いていたし、妻もそれを見た。だから疑うことはないだろう。
俺は一旦新幹線で東京方面に向けて進み、その後途中下車して服を買ってUターンして鹿児島に南下する。念のため新幹線は東京行きをアプリで買った。万が一にも行き先を見られた時におかしなところがないようにしたんだ。昔、大学の時友達が失そうしたことがあったけど、その時は親が探偵を雇って見つけ出したんだ。家から300キロ離れたホテルにいるのを見つけ出した。どういうカラクリか分からないけど、彼らはカネをもらって普通の人が見つけられない人を見つける。俺はここまでしてもやりすぎってことはないんだ。
●〇●
妻の浮気を疑い始めたのは娘の血液型が始まりだった。AB型の俺とO型の妻からO型の子どもが生まれた。それはあり得ない事だった。男は母子手帳とか、子どもの色々な検査結果とか、注意して見ない。妻を信じていたこともあって、疑うことすら考えてこなかった。
でも、一度考え始めたら止まらない。
母さんに聞いた限りでは俺はよく寝る子どもだったらしい。それが、娘はとにかく寝ずに夜泣きする子どもだった。5年間も子どもができなかったのに、突然子どもができたのはなぜなのか。極めつけに2人から生まれるはずのない血液型の子どもが生まれている。
パートに出ると言ったらすぐに仕事が決まったのもおかしい気がする。予め働くことが決まっていて、そのタイミングで働くと言い始めたとしたら……。そもそも、娘はまだ3歳。同じならあと数年して幼稚園や小学校に行き始めてから働き始めてもよかったのでは……!?
平日の昼間は義実家に娘を預けて行ったり、お義母さんがうちに来てくれたりしている。お義母さんがうちに来てくれている場合、妻の帰りが多少遅くても掃除や洗濯、食事の用意もしてくれていて特に問題は起きない。その場合、妻はどこで何をしているのか……?
疑い始めたらキリがなかった。逆に言うと、証拠もないのに疑うのはいけないかもしれない。彼女のことを信じていないみたいだ。自分で動いても何も手掛かりはつかめなかったんだ。何も無かったと思えばいいじゃないか。それでも、なんだか何かが心に引っかかっていた。
そこで俺はネットで調べて探偵に依頼することにした。浮気調査専門の探偵。妻の場合、日々の行動パターンが分かりやすいので2週間くらいで結果が出せるとのこと。ちなみに、費用は10万円。何もでなくても10万円はかかるとのことだった。
俺は心のつっかえを取るための費用だと思って自分の通帳から10万円支払うことにした。2週間でこんな思いはなくなる。こんな変な気持ちを取り去ることができる。妻を、娘を疑う日々から解放される。そんな考えだった。
この2週間というのは本当に辛かった。探偵からは「できるだけいつも通りに生活してください」と言われていた。妻が何かに気付いて警戒した動きをしたら取れるはずの証拠が取れなくなる可能性もあるというのだ。
俺はいつも通りを心掛けた。出社時間もいつも通り、帰宅時間もいつも通り。帰ると妻はいつも通りに笑顔で迎えてくれる。妻が作ってくれた弁当を持って出て、夜は妻が作った食事を食べる。この食べるのが無理だった。
弁当はもったいないと思ったけど、会社で中身を捨てて、昼ご飯はコンビニのおにぎりを食べた。それでも全然入って行かない。昼ご飯におにぎり1個が食べられないなんて……。夕ご飯は余計に難しかった。口に入れても全然喉を通らないのだ。しかも、全然味がしない。まるで砂でも食べているみたいで、その上口に入れないと妻に疑われてしまうからと何とか食べる様にしていた。それでも、会話からいつもと違うのが隠しきれていなかったと思う。
「おかえりなさーい」
玄関を開けるとエプロンで手を拭きながら玄関まで小走りで迎えに来る妻。今まで台所で何かしていたのだろう。カギを開ける音が聞こえたから俺を迎えに来てくれたのだ。その時の笑顔が自然で、いつも通りかわいくて、これが芝居だったら彼女は相当な女優だと思った程だ。
それなら、彼女はシロか。俺はそう思いたいと思っていた。
「今日はカレーなの。甘口だけど良かった? 花音に合わせたから」
子どもに辛さを合わせるので我が家のカレーは甘口だった。今までは何とも思わなかった。別に甘口でも美味しく食べられていた。でも、今は甘口でも辛口でも別の意味で関係ない。どうせ、何を食べても味なんてしないのだから。水分がある方が流し込みやすいのでよかった程度しか思わない。
「俺は大丈夫だよ」
「よかった……。次は大人用と子ども用で鍋を分けるからね」
彼女はどっちかというと辛口が好きなのも知ってる。それでも今回、甘口に統一したのは時間短縮のため? じゃあ、それ以外の時間はどこで何をしてたの? そんな考えが口からこぼれそうになる。
「あれ? 少し顔色悪くない?」
食事の時に俺の顔を覗き込みながら妻が訊いた。
「最近、ちょっと仕事が忙しくて……」
「夜、何かパソコン作業してるもんね……。あんまり無理しないでね」
「……ありがとう」
ネットの掲示板とかを見て妻の浮気の場合の対処法について調べたり、旦那はどんな対応をしたのかなど調べていた。妻の浮気をなかったことにしてやり直す「再構築」か、断罪して「離婚」か。妻が浮気していたとしたら、俺はどうしたいんだ? 娘はどうなるんだ?
日々、そんなことを考えながらパソコンで調べていたら寝るのが遅くなっていた。これにはもう一つ理由があって、妻と一緒にベッドに入るのに抵抗があるというものだ。だから、わざとパソコン作業を遅くまでやって寝る時間を遅らせていた。
でも、ベッドは一つしかない。妻が眠った後にだけどベッドに入る。そのとき、妻は少し目を覚ます。彼女は笑顔で布団を空けてくれる。この妻が本当に浮気してるんだろうか。そんな考えも湧き上がってくる。
朝、目が覚めたら妻は先に起きて俺の朝ごはんと昼ご飯用の弁当を作ってくれている。
「おはよう!」
「……おは……よう……」
爽やかな顔の妻に対して、多分俺の顔色は土気色してるだろう。
「大丈夫? 顔色悪いよ? 今日は会社休む?」
「……いや」
顔を覗き込むようにして訊いてきた。本当に心配している様に見える。なんでこんなに俺のことを気にかける? 俺は妻の素行調査を探偵に依頼していた。調査期間は2週間と言われた。費用は約10万円。結果が出るまでに2週間かかる。この2週間、俺はこういった苦痛に耐えながら待った。
そして、探偵からの結果は……クロ……だった。




