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高校時代の妻

 俺は逃亡の準備を始めた。俺が仕事から帰宅したら妻はずっと家にいる。だから逃亡の荷造りは大っぴらには進められない。絶対に「どうしたの? 出張?」なんて話しかけてくるだろう。


 だから、逃亡の準備は妻が風呂に入っている時間のみ。数枚の着替えと下着、ノートパソコン、スマホ……。俺の荷物と言ったらそんなもんだった。独身時代に使っていた冷蔵庫や洗濯機は結婚を機にファミリー用に買い替えたので、俺のものは捨ててしまった。テレビも大きい55インチに買い替えた。荷物は出張用のカバンに収まるほどしかなかった。集めるのにも10分程度しかかからない。じゃあ、今日集めなくても大丈夫ということが分かった。逆に、着替えをカバンに入れていたら、妻が気付いてしまうかもしれない。荷造りは当日か前日で大丈夫だ。


 ●〇●


 その日の夜は何となくベランダでひとり夜空を見上げて星を見た。普段なら趣味の小説を書いている時間なのだけど、娘が自分の娘ではないのかもしれないと思い始めてから1文字も書けていない。文豪がスランプになって小説が書けないのならばかっこいいと思うのだけど、俺の場合は妻の浮気が気になって小説が書けなくなっているのだ。本当に情けない。


 夜空を見ながら俺と妻の関係について思い出していた。俺と妻は同じ高校で同じクラスだった。でも、高校時代から付き合っていたようなリア充では全然ない。妻は少し小柄で男としては守ってあげたくなる危うさがある上に、いつも笑っている様な人だったのでクラスの人気者だった。ひいき目なしに見てクラスの男子の3人に1人は妻のことが好きだったに違いない。冗談とかも言えるので高校時代の男女間では中々話すこともできない初々しさを軽々と超えて来る感じだった。高校時代って何であんなに異性と話すのが恥ずかしかったのか。妻にはそんな心の壁はまるでないものの様に平気で飛び越えて来るだけのキャラクターがあった。実際、1年先輩のサッカー部のキャプテンとか同じ学年の剣道部の主将が彼女に告白して玉砕したとか何とか、噂は俺の耳にすら入ってくるほどだった。


 一方、俺の方は当時から小説家になることを夢見ていたお宅だった。今で言う「チー牛」だった。一応知らせておくと、「チー牛」はネットスラングで、「チーズ牛丼を注文してそうな地味な顔」ってこと。オタク全般のことを指す蔑称と言ってもいいだろう。あと、当時から小太りだった。男なのにおっぱいが少し膨らんでいるのがコンプレックスで、比例してかどうか分からないけれど、腹も膨らんでいた。そのくせ手足は細くて、ケンカとかでもその体型を活かせず弱かった。あと、メガネもオタクっぽさをより醸し出していた。友達も小説やマンガを書いていたり、アニメを見ている友達くらい。多めに見積もってもクラスに3人くらいしか友達がいなかった。


 当時の俺たちは3年間同じクラスだったにもかかわらず、交わした言葉は片手で足りるほどのノンコミュニケーションだった。言葉どころか、視線すら合ったことがないと思う。恥ずかしかったから当時の俺は彼女の顔をまともに見たことすらなかったと思う。

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