スーパーの店長のこと
探偵からの報告書には店長のことも書いてあった。以前は、妻と同じ会社で働いていたらしい。あの気前のいい社長の輸入雑貨の仕入れの会社だ。その頃からヤツは妻に好意を持っていたらしく、何度も食事やデートに誘っていたのを周囲の人の証言から分かったと書かれていた。
一方妻はというと、ヤツの誘いにはあまり積極的ではないように見えたという証言があり、その頃からの付き合いではないように思われた。
いつの間にかヤツはその会社を辞めて、何年かしてうちの近所のスーパーの店長になっていた。娘の父親はあの店長なのだろうか。そこは、DNA鑑定でもしないと分からない。俺は色々調べて2万円から3万円くらいで調べられることまで分かったが、それをしても俺に何のメリットもないことに気が付いてそれ以上何もしていない。俺の娘は俺と血が繋がっていないのだから。
また妻と親しくなったのはこの半年くらい。ホテルに行くようになったのはほんの数か月くらいだろうとのこと。
俺は店長のことも追加で調べてもらってた。店長は今のスーパーでお山の大将らしい。パートたちの時給を変える権限を持ち、正社員登用の権限も持っているらしい。だから、社員やパートたちも店長に強く言えず好き放題しているのだとか。
中でも俺に関係がありそうなのは、他のパート従業員にも「話がある」などと言って業務時間外で会っているのだとか。そのうち何人かとは身体の関係に発展していて、現在妻を含め同時進行で3人と関係があるらしいことが分かった。当然、それぞれの履歴書を見ているので夫がいることを知っているだろうから明らかな不貞行為だ。店長自身も結婚していて、妻と子どもが1人。そして現在奥さんは妊娠中。正にやりたい放題だった。
妻はこのことを知っているのだろうか。いつかチー牛サラリーマンのことに見切りを付けてスーパー店長に乗り換える気になっているのではないだろうか。その店長は自分の家ではよろしくやっていて、妻以外にも2人と同時進行で身体の関係がある。
しかも、店長は妻とホテルに行った時にセックスのことを「いたずら」って言ってた。影で言っているならまだにしても、本人を目の前にいたずらとは何ということか。
俺の中には復讐したい気持ちもあった。全てを破壊して灰塵に帰してやろうかとか。ずっと技術畑にいたので法律云々が弱い。知識で言うなら、素人とは言え小説家の端くれ。文章を書く時には色々なことを調べるので知識だけは増えて行く。
小説などのセオリーで行けば、あるタイミングから話の流れは復讐に切り替わるのだろう。でも、俺の場合、大事な妻が寝取られている時点で全てが終わっていた。しかも、かわいいと思っていた娘も自分とは血が繋がっていない。俺の幸せを構成している屋台骨が崩れていく。
いや、元々そんなものはなかったんだ。
全ては幻想。
思い込み。
俺はそこに本当にそれがあるのか確認すらしたことが無かったかもしれない。いつの間にか慢心していたのかもしれない。それはそこにあって当たり前になっていたのかもしれない。
今、俺にできることはなにもない。
ケツまくって逃げるしかないんだ。
自殺するなんて恥ずかしい。どうせ死ぬなら誰にも見つからない所で密かに死にたい。
浮気されて、托卵されて、それが原因で死んだなんて負け犬もいいところだ。それを妻に見られるのは恥ずかしい。店長に見られるのも耐えられない。娘には見せられない。両親はなんて思うだろう。
それなら、全てを捨てて俺のことを知っている人が1人もいないところで別人として生きて行きたい。
顔も名前も全て変えたい。
過去は要らない。人間関係も要らない。俺が逃げたことで今後誰がどうなるかなんてどうでもいい。
全てを捨てて新しい自分になるんだ。