第一話 ≪パーフェクトの少女(2)≫
完全たるものが完璧を失ったらどうなる。『不完全な自分は愛せない』は果たして正解、かな。それとも、もしかしてー。
私たちは『どんな自分も愛せる強さ』を、秘めているのではないかな。
第一話 ≪パーフェクトの少女(2)≫
テレビを見ていた叔母は、マシュマロの悲鳴を聞いた。階段を上がってきた叔母は、ひかりの部屋の前で立ち止まった。そして拳を握りしめ、扉をドンと叩いた。
「なんなのよ、いったい!」
叩くより、ぶつかると言えばよい動きで、叔母はひかりを急かした。
「今何時だと思ってんの?」
「鼬ちゃん、ここに隠れていて!」
ひかりは急いでマシュマロを布団をかけた。なんといえ、ここは叔母の家。動物が大っ嫌いな叔母に鼬をばれたら、きっと大騒ぎになる。
「はやく開けなさい!」
マシュマロを隠した後、ひかりは扉を開いた。
「えへへ。」
「えへへじゃないのよ、えへへじゃ!遅すぎるよ、あんた!」
「いや、開けようとしたのに、扉が重くて。」
なんにも知らない顔で、ひかりは嘘をついた。
「どこか壊れてるのかな~。」
「そんなのどうでもいいわ!」
はるかの扉が壊れたら大変だけど、壊れてる扉がひかりのものならどうでもいい。そんな態度で叔母は両手を腰に当てた。
「テレビを見るときは邪魔しない!簡単な約束だろう?」
もちろん、この約束は叔母の押し付け。ひかりの声を聞きたくない、と無理矢理に黙られたのだ。なにより、ひかりがニュースを見るときは、誰も静かにしてくれない。等価交換のない約束なんて強要であることを、誰だって知っている。
「注意いたします。」
「そこまでいうのなら。」
頭をたれるひかりを見て、叔母は笑った。子供相手に勝ったくせに、ずっと偉そうになってる。
(この少女は、家族さえ完ぺきではないな。)
大声を出したことで誤らなければいかない少女や、その敗北に笑う大人。『この家族は絶対歪んでいる』とマシュマロはため息をついた。それは、マシュマロの最初の正しい判断だった。
「遅くなってごめん。」
帰ってきたひかりはかけてた布団を剥いだ。
「でも、もう大声を出しちゃ駄目。ここは叔母の家だから…。『今』は、ね。」
「まあ、そんなことはどうでもいい。」
寂しそうに付けた『今』に気づかず、マシュマロはただイライラとむかつくのかたまり。
「あ、そうだね。調子はどう?痛くない?」
「平気だから、おおげさすんじゃねえ。」
「そっか。よかった。」
なにを言われても、ひかりはニコニコのニコ。無愛想なこと言った方が逆に恥ずかしくなりそう。その馬鹿みたいなへらへらが、気に入らなかったのはなぜだろう。
ありえない状況に立ち向かわない少女への怒り?それとも、可哀想すぎる何かを見た時の同情?なんとあれ、のどに何かをつまらせた時の胸苦しさを感じ、マシュマロは立ち上がった。
「ああっ、危ないよ!」
「気にすんな。」
つんつんのマシュマロをじっと見ていたひかりが、ついに出した本音はー。
「私、あなたの力になりたい。」
落ち込んだ相手の力になりたい。できることがあるなら、なんでも言ってほしい。
「は?」
その無邪気さにあきれて、マシュマロは顔をしかめた。
「なんに言ってるんだ。俺を助けるなんて、100万年早い。」
「違うよ!これは『助けたい』っていう気持ちじゃない。私は、あなたの力にー。」
「おんなじことだろう!」
ひかりは口をつぐんだ。上からの目線の『助ける』と、いばらの道を一緒にあるくことはきっと大違い。その差を、どう伝えればいいだろう。
(…なに怒ってるんだろう、俺。こんな可哀想な子に。)
沈黙をあきらめと受け入れたマシュマロは、思わず吐息を出してしまった。
「すまん。人探しをしてるけど、どうやっても見つからなくて。」
「人探し、か。やっぱ力になれるかも!」
今度も『お前じゃダメ』と言おうとしたマシュマロは、続く話を聞いて目を丸くした。
「こう見えて、私人気者!人探しなら任せて!」
「マジかよ?」
マシュマロは目をきらきらした。完璧でないものでも、以外に使える。そう思って、探してる少女の見方を説明し始めた。
「俺は完璧の少女、マスカレードを探しとる!」
「カンペキ?」
やる気満々だってひかりなのに、その言葉を聞き、困りそうになった。
「そう。成績優秀 、スポーツ万能。スタイルいい、クラスの一番かわいい子。優しくて強い、みんなの憧れを探してるんだ!」
「ない。」
「え?」
「そんな人、いない。」
「ええええ?!」
今までのニコニコはどこに行ったんだろう。端的に言い換えるひかりに、マシュマロは驚いてしまった。
「たっ、確かにいるはずさ!せめて、生徒会長とか…!」
「もう、そうじゃなくて…。」
今、ちょっと怒っていると見えるのはひかりのほう。気を張る幼稚園児を教え導くように、断固たる声で話した。
「世の中、完璧な人なし!」
「は?」
瞬きをするマシュマロに、ひかりはじっくり説明し始めた。
「みんなそれぞれのいいとこ持ってる。それは、誰にも真似できないんだよ。」
「なに言ってるんだ!だから、俺の探してるのはー!」
声を張り上げたマシュマロは、すぐ落ち着き、ひかりを情けない表情で見た。
「…時間の無駄だな。」
落ち込み、座り込んでいたマシュマロは、立ち上がって窓へとジャンプした。
「えっ、どこいくの?」
「どうでもいいやろ。」
さよならも言えずに、マシュマロは窓越しへ飛び込んだ。驚いたひかりは、すぐ階段をおりて1階へ。テレビを見ていた叔父がかっと大声を出したが、気にしてる暇はない。
「ま、待って!」
マシュマロは返事せず森のほうへ駆け出した。暗闇に包み込まれた森を見て、ひかりは立ち止まった。
黒い夜に起こった事故は、いまだに胸に焼けついてる。時間が経っても、悪い記憶はまだ残ってる。でも、立ち止まってるままじゃ、未来へ進めない。だから、不完全燃焼した怯えに負けず、ひかりは一歩踏み出した。
「鼬さん!今どこですか?返事してください!」
森の奥へと歩き出す少女は暗い口に飲まれてる餌のよう。森の喉まで入り込んだひかりを狙い、闇は目をひらめいた。
「鼬さん…って、あれ?」
脅威は気配を隠せず近寄る。這ってくる魚ーいや、魚の姿をかぶった化け物ーを見て、ひかりは凍り付いたように動けなくなった。
「リッタタァ!」
「え、ええー。」
化け物は空へと水を噴き出した。ひかりは体を引いたが、転び倒れてしまった。震える視線が化け物と合い、『もう終わり?』と感じた瞬間ー。
「タァッ!」
ひかりはハニーブロンドの少女に抱かれて、そらを飛んでいた。ショートヘアの女の子は、愛らしい形と違い、燃え上がる瞳を持っていた。着ている黒い制服は、擦れるたび悲しい音を出した。
少女は何も言えずに、ひかりを抱いたまま、森の入口へ向かった。舞い降りた少女は、ひかりを優しくおろした。
「あ、ありがとう…。」
パニックでなにも言えなかったひかりは、やっと我に返って礼を言った。
今でも割れそうなシュガーアートを見るような視線で、少女はひかりをみつめた。なぜだろう。その瞳と合うと、泣き出してしまいそうで。
「…。」
ひかりをじっと見ていた少女は振り向いて、また森の奥を向いた。
「あ、あの…!」
吃音になった言葉も、少女は焦らず聞いてくれた。
「この辺で、鼬が一匹ー。」
「かかわるな!」
『鼬』という瞬間、少女は狂的な声で叫んだ。
「ちょ、なんで…。」
わけがわからないひかりは、唇をパクパクして、やっと声を出した。
「もうすぐ、世界は完璧になる。その日までー。」
少女は何かへの怒りをかみしめ、飲み下した。
「あいつとは絶対、かかわるな。」
再びおんなじことを言った少女はそのまま空へ飛び上がった。ぼうっとしていたひかりは、その後姿を見つめるだけ、なにも出来なかった。
・
・
・
「そう言われたけど…。」
ひかりは朝日が昇るまで寝ずに、窓越しの景色を見つけた。昨日、突然飛び出したことで大騒ぎになったけど、そんなことはどうでもいい。鼬と謎の女の子を、どうしてもまた合いたくて。
「やっぱ、ほっとけないよね。」
土曜日の朝を楽しむ暇もなく、ひかりは早起きして森へ向かった。しかし、鼬も金色の女の子もいない。いくら探しても、何も見つからなくて。結局、近くの公園に向かうしかなかった。
「また会いたいのに、どうすればいいだろう…。」
らしくない、ちょっと落ち込んだ顔色で、ひかりはため息をついた。その時ー。
「キャアアア!」
平和な公園に鳴り響く悲鳴。その源から鳥は飛び上がり、犬や猫が逃げ出した。誰もが走り、逃げる瞬間。
「え…?」
ひかりは見てしまったのだ。歩く鼬と、金色い殺意を。
「もしかしてー。」
逃げ出す人々を遡るひかりは、まるで急流を逆らう魚のようだ。危ない、と誰かが叫んだ。かまわず駆け出した。合いたいものと、聞きたいことがたくさんあるから。
そして、誰も残ってない広い草地で、ひかりは合ってしまったのだ。それは、怯えてる鼬と剣を抜いた少女。そしてー。
「リッタ、タタタ!」
昨日の怪獣が、少女の後ろにたっていた。
(どうしてー。)
昨日の少女は、なぜ怪獣と一緒にいる。味方だと思った彼女が、なぜ鼬に歯を剥いてる。犬の唸り声のような『ガルル』が、少女の口から鳴った。それは、ひかりの大切なペットを思い出させるように、人間のものではなくて。
(いや、ぼうっとしてる場合じゃー!)
どっちとも話し合い、友達になりたい。だけと今は、いじめられてる方の味方になるしかない。だから、ひかりは怪獣の足元にある鼬の方へ走り出した。
「この香り、もしかしてー。」
言ってる通り、少女は犬みたいに鼻をクンクンさせた。驚いた表情で、少女は横を向いた。
「なっー?!」
ひかりに気づき、少女は歯を食いしばった。そして、今でもすぐ鼬を踏みにじろうとした化け物を蹴っ飛ばした。怪獣が倒れるうち、ひかりは鼬を胸に抱き、全力で逃げて来た。
「はあ、はぁ…。」
肩で息をするひかりを見て、少女は慌てた顔をした。まるで、大切すぎて近寄ることもできない、夏の初恋のように。
「あんたね!」
ひかりの声が公園に鳴り響いた。
「鼬ちゃんになにをする。もし、あの化け物の味方?」
信じられない。昨日とは全然違う。これじゃ、まるで騙されたようではないか。言いたいことはたくさんあるけど、ひかりは先ず鼬の様子をうかがった。傷だらけの鼬は、痙攣してるみたい。震えてる鼬を見て、ひかりは堪忍袋の緒が切れた。
「どんな時にも、いじめは駄目だよ!」
「其方…。」
切なく呟いた少女は、再び歯を食いしばり、目をひらめいた。
「其方、『アレ』を渡してくれ。」
優しい殺意は、ひかりさえ震えさせた。だけどー。
「絶対いや!この子は、私の大切な友達だから!」
「タイセツ…?」
驚く一方で、悲しげに呟く少女。なぜか傷ついた顔をしている。
(寂しそうな顔…。)
ひかりはためらい、戸惑い、迷った後、先より小さな声ではなした。
「ねえ、何があったか知らないけど、先ず話し合おうよ。」
「断る。」
素直に答えた少女は鼬を睨んだ。
「あれさえなかったら、完璧な世界が待っている。無傷な世界を、其方も欲しがってるはず。」
無傷、か。ひかりは目を閉じた。確かに『無傷』な顔をしていた頃もある。けどよ、ぶつかり合ったこそわかることもたくさんある。だから、ひかりは今の自分を否定しない。もっとよい世界戦があったはずとか、時間を戻したいとか、そんなこと願ったことない。
凸凹と言われても…。ありのままの自分も、けっこういいじゃないか。
「望んでない。」
「な、なぜー。」
ひかりの言葉を聞き、少女はパニックした。そう、それは衝撃を超えた何かだった。
「私は、今の私が好き。今のままでいい。」
傷ついたこそ分かった。ぶつかったこそ乗り越えた。だから、傷跡は隠すべきの恥じゃない。きっと、それは輝くための道しるべ。
「なにより、誰かが犠牲にならなくてはいけない世界なんて、絶対『完璧』とは言えない!」
笑っちゃう。完璧を求めてるくせに、誰かの犠牲を求めるなんて。それは完璧と言えるものかよ。『自分のままじゃ光らない』と、認めることじゃないかよ。
「誰もが生きていく。誰だって生きる権利が、歩きたい道を選べる権利がある。」
転がり倒れるのも、自分が選んだ道。だから私たちは泥だらけのまま笑いあえる。誰かが決める完璧なんて、認めるものかー。
「完璧なさいとか、犠牲なさいとか。私、認めない!」
瞬間ー。ひかりの胸の奥から、小さな宝石が生まれた。その輝きは鼬を癒し、目を覚ませた。
「くっ、一体、なにがー。」
やっと目をさめたのに、目の前には『納得できない』ことが起きている。
「そ、そんな。この不完全少女が、マスカストーンに選ばれた?!」
マスカストーン。それは永遠の輝き。それを手にしたものは、世界を守る力を与えられる。
(完璧ではないあいつに、渡すわけにはー!)
鼬と同じぐらい、少女も慌てていた。
「なるな…。」
呟いた少女は急いで駆けつけてきた。
「マスカレードになるな!」
でも、少女はひかりが放つ輝きにぶつかり、飛ばされた。
「だめ、絶対だめ!」
引き下がれても、少女はまた挑んだ。何度も何度もー。
「あ、ああああ!」
悲鳴をあげながらも、ずっと鼬を狙った。爪を立たせて、鼬だけ狙ってー。
(こ、このままじゃー!)
死を目の前にして、やっと鼬は気づいた。不完全を認めるか、倒されるか。
(この少女を選ぶしかないっ!)
驚いてぼうっとしてるひかりを、鼬は呼び起した。
「お前、まずは俺を助けてくれ!」
やっと気が付いたひかりは、鼬を見てぱっと笑った。
「助けることなし。一緒に前を向こう!」
真っ白な宝石は強烈な赤となり、咲き誇る花の形になった。薔薇を手にしたひかりは、大きな声で叫んだ。
「広がれ!ここから始まるマスカレード!」
目の周りの部分を覆う、片目のベネチアンマスク 。それを顔につけると、マスクに大きな薔薇が咲いた。赤い花が咲いた黒いドレスを着た、マスカレッドの誕生だった。
「瞳は心の窓、決して曇らせないよ!」
誇らしく咲いたマスカレッドと違い、少女はパニックった。
「僕の、…が。」
少女が虚ろな目をしてる間、マスカレッドが空へ舞い上がった。でもー。
「うわっ!高すぎっ!」
ジャンプしただけなのに、町が全部見えるまで飛び上がってしまった。ちょっと慌てたマスカレッドは、すぐ気を取り戻して、そのまま怪獣へと落下した。
「リッ、リッタァ?!」
空から降りてくる薔薇は、質量×速度の公式により、大量の運動量を作った。衝撃をまっすぐに受けてしまった怪獣は、よろめく暇もなく倒れた。
(ありえねえ…。)
濃度の高い風塵の向こう、倒れた化け物を確認したマシュマロは、開いた口が塞がらない。
(最強のマスカレード、マスカピンクだって、あんなジャンプ力は持ってなかった。)
最強の戦士だって、あんな戦い方見せられない。なのに、不完全の少女が生み出す力など、完璧を超えるわけない。きっと何かの間違いでー。
「マスカレード、ピュア・ハート・エボリューション!」
あっという間に浄化された怪獣・コンプリータ。きっと怒ったりすると思った少女は、悔しそうでもないまま、呆然としていた。やっと気がついた少女は、鼬を睨み、爪を立たせた。
「ねえ、やっぱり戦わずに話し合おう!」
マスカレッドに抱いてるマシュマロがかたきでもあるように、少女は睨み続ける。仕方ない、と戦おうとした瞬間ー。
「んなわけねーだろ。」
少女の後ろから大きな穴が出来て、イケメンが一人現れた。男は少女の襟首を掴んで、黒い穴の中へ引っ張った。
「行こう、インクさまのお呼びだ。」
「いや、待って!」
マスカレッドを無視して、男と少女は消えた。残されたマスカレッドは変身を解き、そのまま座り込んだ。
「怖かったぁ~」
「はあ?」
ひかりの言葉を聞き、マシュマロは目を丸くした。
「お前は戦士だろう。敵を怖がってどうする!」
「だって、私ただの中学生だもん!」
マシュマロは頭がじくじくする。この星を守るべきのマスカレードが、弱音をいうなんて。こんなの完璧ではない。やはり彼女は弱い。最強なんて、ただの見間違いだったようだ。
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口喧嘩する二人を、女王・インクが鏡越しに見ていた。
「世の中、不完全なものばかり…。」
鼬が見つけ出した完璧の少女・マスカレードが、このザマなんて。調べるまでもない。もう、この世に悪の女王・インクより完璧な女は残ってない。
「美しさこそ、正義の証…。」
自分の美しさに酔ってるインクは、鏡にうつる姿に感嘆した。そして、昨日までマシュマロが持っていた宝石を、噛みついて、吸収した。そしたら、インクは年をとったレディーから、中学生ごろの少女に戻った。
「世界が美しさで満ちるまでー。」