第99話 迷宮5
オルフェの顔と声で話すシャドーから距離をとるように、ウーシスが一歩さがる。
「なにより嫌らしいのが言葉を話すということです。心があるわけではなく、ただ、模した相手の言うであろう言葉を語る。いわば心を模しているのです。ある意味では嘘をつかない鏡のようなものでもありますが」
『なにを言っているのかな。ウーシス、きみを傷つけたくはない。俺にとって、きみは……』
そこまで言いかけたシャドーの上半身が粉々に吹き飛んでいた。これまで見たことがないほどの速さと重さをもって、オルフェが自分の姿をした魔物に剣撃をくらわせたのだ。お茶旅でみたソフィアの連撃を思わせた。
「……あんたにとって、なんなのよ?」
意地の悪そうな笑みをうかべてつめよるウーシスとオルフェのやりとりに気をとられ、気付いたときには、俺は、もう一体のシャドーに捕らえられていた。
と言って、そいつが俺の姿をとろうとしていたわけではなく、すでにレナの姿を模し始めていた。そのまま柔らかな腕と体で、ぎゅっと抱きしめてくる。本物と区別がつく違いもなく、姿を変えていくところを見ていなければ、偽物だとは思えないだろう。
危険を感じながらも、突き放したり、攻撃することをためらってしまう。人の心につけこむ悪趣味な創造物だ。感情に興味があるといっていたグレゴの話を思いだした。
レナの姿をしたシャドーが上目遣いにこちらをみながら、抱きしめる力を強めてくる。ぎりぎりと締めつけが増し、息ができない。愛情深く、丁寧に、抱いて抱いて抱き殺そうとするのだ。もがいて抜け出そうとするが、恐ろしい力で捕らえられ、自由がきかない。
声もだせず、ようやく異変に気付いたウーシスとオルフェがこちらを見るが、どうすべきか即断しかねていた。本物と偽物を外見から区別することができないからだ。とにかくもがいて見せることで、こいつがシャドーだと伝えようとすると、余計に抱きしめる力が増し、
『にいさん、どうして逃げるの。わたしは、こんなに……』
と、言いかけたシャドーの言葉を掻き消すように、本物のレナが声をあげた。
〈雷!〉
古代語の叫びに続いて、ばちばちと激しい音がする。身をひねって振り返ると、顔を真っ赤にして、レナがこちらを見ていた。その手の先に、ばちばちと青く光る魔力の塊がある。
「ま、待て」
ようやく捻りだした俺の制止の声は、レナの耳には届かなかった。
「に、にいさんから、離れてぇ!」
駄々っ子のようなわめき声とともに放たれた〈雷〉は……運良くと言っていいだろう……シャドーに命中し、それを俺から引きはがし、迷宮の壁に叩きつけた。
その衝撃はすさまじく、シャドーを粉微塵にしただけでは飽きたらず、四方八方の壁という壁、天井、床を破壊し、迷宮をゆるがしたのだった。
当然、落ちた床ごと俺たちも落ちていく。
「あーん、ごめんなさぁい!」
王女さまの謝罪の叫び声も、迷宮のくずれる音に掻き消されてしまった。くらい穴に落ちていく浮遊感が恐怖にかわる暇もない。瓦礫とともに落下しながら、次に来る衝撃に備えて、本能的に体をまるくする。
しかし、いつまで経っても衝撃はなく、代わりに懐かしい声が聞こえたのだった。
「やれやれ、さわがしい奴らだ」




