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第95話 迷宮1


 大魔法使いさまは、レナの師匠にふさわしい相手として、グレゴをひきあわせようと思っていた。それを知って、レナ自身も〈増殖する迷宮〉にもぐる気まんまんだった。


 もちろん、俺は危険な場所にレナを連れていく気はなかった。いまや王国復興の旗頭、最後の王女でもあるのだし、逆にグレゴに出てきてもらえばいいのだ。


 しかし、意外とどころか、基本的に頑固、もとい強固な意志の持主であるレナを説得することはできなかった。卑怯な感じがして言いたくなかった、王女さまなのだから、との言葉で自重じちょううながしても、じゃあ王女の命令です、と来るのだから始末がわるい。おとなしく優しい女の子に育ってくれたと思っていたのに、誰のせいだ?


 ……まあ、俺のせいだろうな。


 しかたなく、俺とレナ、ウーシス、オルフェとで迷宮にもぐることになった。


 ほかの目覚めた人々は、ハインラとともに迷宮まえで留守番だ。万一、戻ってこないようなことがあれば、と、ハインラに後を頼もうとすると、身振りでさえぎられ、戻ってくるのを信じていると言って笑うのだった。

 王女レナに何かあれば、お目付け役として責任を問われることになるだろうに。信頼を裏切らないようにしたいものだ。


 迷宮の入口は一カ所ではなく、街の広場から貧民街へむかう路地のように、あちこちに裂け目ができていた。


 このあたりはまだ新しく、ウーシスも知らない道らしい。適当な入口を選び、それなりの覚悟をもって、じゃあ行ってくる、と、ハインラに告げて進んだところが、すぐに行きどまりだったりして……。何度か気まずい往来を繰り返して、ようやく中に入ることができた。


 まだ完全には迷宮化していない外層部分には衛兵たる怪物の姿もなく、静かなものだった。


 奥へ進むにつれて、日の光が届かなくなり、上下左右、明確な階層のない迷宮内は、建物と言うよりは、それ自体が死んだ竜の体内かなにか生物的な印象があり、もぞもぞと壁がうごめいているようにも思えた。人のための通路が設けられているわけでもなく、自然がつくりだした洞窟のなかを案内なしに進まされているようで、妙な安心感と妙な不安感が交互に襲ってくる。


 ただ、先導するウーシスの確信ある足どりに励まされ、王女の手をとって進んだ。


 いくらか進むと、迷宮が衛兵をうみだそうとしているのだろうか、肉感のある迷宮の壁や天井、または足元の床に、なかば埋もれた状態の怪物をみかけるようになってきた。生まれるまえの胎児を思わせる姿から、巨大な子宮にもぐりこんでしまったような気持ちになる。


 風通しなどなく、重くこもった空気がねっとりと絡みついてくる。ただ、意外と湿気がなく、腐敗臭もないのだけは救いだ。


 埋もれた怪物たちが何をしてつくられていたのかはすぐわかった。何層か……といっても、正確に何層とはわからない作りだが……何層か進んださきで行く手をさえぎるように、それらが姿をあらわしてきた。


 最初にあらわれたのは天使だ。


 神聖さをまとい、人を魅了する聖歌らしきものを歌っていた。と言って、話のできる相手というわけでもなく、ただ機械的に歌を繰り返し、近付くと襲いかかってくるのだった。不気味なほど均整のとれた体と、彫像のように美しい無表情な顔をくずさず、野生動物の身ごなしで襲ってくる姿は、あまりに調和がない。


 教会のおしえを信じる者たちであれば、虚をつかれ、そうでなくても倒すことに抵抗をおぼえるに違いない。暗黒神官グレゴらしい悪趣味な創造物である。

 そもそも怪物をつくりだすということ自体がこの世のことわりに逆らい、しゅ御技みわざ冒涜ぼうとくする行為といえるだろう。


 まあ、俺もレナも、教会などというものに関わりはなく、天使についても、ただペテロの装飾写本で学んだ知識に過ぎない。教会などなかった時代に生きていたウーシスとオルフェも、天使などにこだわりはなく、襲撃してきた相手を、ためらいなく瞬殺していた。


 血のかわりに水銀のようなドロリとした体液をこぼし、倒れた天使たちは、そのまま迷宮の床にとりこまれていった。おそらく、あらたな怪物の材料、あるいは迷宮自身の材料としてつかわれるのだろう。


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