第92話 大魔法使いさまの話4
隠し部屋のまえにいたアリを倒したことで、我の侵入が帝国にばれたのは間違いない。そのうえ、〈肉〉のそばに留まるだけで魔力を吸いとられてしまうから、のんびりしているわけにもいかず、とにかく、それがなんであるか判断し、処分しなければならなかった。
近付きたくはなかったが、是非もない。
魔力の流れから〈肉〉の構造を分析し、外観の観察と組み合わせて読み解いていく。なんとも言えず、気持ちのわるいものだった。もともとあったはずの生物としての構造……この場合は、キメラの材料とされた人を含む生物のことだが……その構造が、ねじくれ、重なり、溶けあって、この世の理を否定していた。おそらく〈森の魔女〉や〈巨人〉を読み解けば、似たような構造になっていただろう。
要するに、この世ならぬものさ。
どうやら、材料となった人物に模して、自身の端末としてアリを生みだすらしいと当たりをつけたところで、我は〈肉〉を処分することを決めた。ある意味では同情もしながら。
だれしもがそうだが、望んで生まれてくるものはいない。人は神の捨子であるとは至言だな。突き詰めれば、無機物はもちろんのこと、生物もすべてそうだ。この非情な世界に、ただ産み捨てられるのだから。
島での戦いで何体か、地下墓地でも二体のアリが殺され、当然の帰結として、〈肉〉は新たな端末を生みだそうとしていた。蠕動するピンク色の〈肉〉がふるえ、ねっとりした腐臭がそのまま形になったかのように、ぼとり、とアリを産み落とした。排泄かなにかのように、無責任に、無遠慮に、無思慮に。すっぱだかであることを除けば、さきほど倒した二体のアリと寸分の違いもなかった。劣化はするのかもしれないが、老化はしないのかもしれなかった。
生まれ落ちてすぐ、そいつはアリとしての記憶や意識をとりもどしたのだろう。いや、とりもどすと言うのもおかしいか、植えつけられたと言う方があっているかもしれん。
自分の置かれた状況を瞬時に悟ったらしく、廃液のような汚物にまみれながら、ニヤリとわらってみせた。
我は、憎しみよりも温情をもって、あらたに生まれたアリを始末した。なんというか、あまり気持ちの良いものでもなかったが。
〈肉〉も始末することにして、さて、そこで、どうしたものかと困惑させられた。
ただ、そこに存るだけのものであり、抵抗したり、攻撃してくるようなこともない。そとに残っているかもしれない分体が駆けつけてくるまでにけりをつける必要があるとはいえ、闘争という意味では限りなく脆弱な相手だ。
なにを迷うことがあると思うかもしれんが、場所が場所だけに、またその〈肉〉はあまりに巨大で、生きているとも死んでいるとも言いがたい存在だけに、どうやって始末するべきか、すぐには思いつかなかった。
結局、火炎や氷結、斬撃、腐食のような攻撃的な魔法ではなく、分解魔法をつかうことにした。隠し部屋へつながる通路と扉に魔法の封をして、そとからの増援を防ぐ手立てをしたのち、〈肉〉に魔法をかけた。
ああ、分解魔法というのは、ウーシスが得意とする日常魔法の一種だ。普通は不用品を廃棄するために使われ、遅効性であるために人や物を害する目的で使われることはない。
我のような大魔法つかいが使うからこそ、無機物であれ、生物であれ、あるいはキメラであれ、構造レベルまで分解し、塵と化すことができるのさ。
分解魔法は確かな効き目を発揮し、壁のような〈肉〉の構成物を塵に変えていった。ところが、もともと遅効性の魔法であり、いくら我が大魔法使いとはいえ、瞬時にとどめをさすには至らなかった。
選択を誤ったといえばそうかもしれんが、地下墓地の最下層だからな。あまり衝撃を与えたり、周囲に影響を及ぼすような魔法を使うわけにもいかなかったのだ。
そうして、じわじわと〈肉〉を分解していくなか、みょうな疲労感と違和感があった。削りとるようにして体積をへらす速度が、だんだんと遅くなっていることに気付いた。
生きることではなく、存在することのみを目的とする〈肉〉は、我も含めた周囲の魔力を吸いとることで、分解されながら、自身を構成する物質を再構築していたのだ。
我の手から瑞々しさが失われ、時間の刻むシワが浮きあがってきていた。




