表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/125

第91話 大魔法使いさまの話3


 ねっとりとした腐臭が鼻をついた。


 まともな生き物には耐えがたいような匂いがあたりに充満していた。屍肉しにくあさりはおろか、ウジやネズミも裸足はだしで逃げだすにちがいない。

 地下墓地カタコンベには乾いた場所が選ばれることが多く、その穴ぐらも、世間でいわれるほどは湿気もなく、死臭もたいしたことはなかった。にもかかわらず、母体の収められた階層に通じる扉をあけたとき、あふれだしたのは、とろりと密度のある酸鼻さんびな匂いだ。


 隠し部屋にいたる通路には死体が折り重なっていたが、それは地下墓地カタコンベに納められたものではなく、その場で殺された者のようで、強制的な殉葬を思わせた。

 実際には、母体を保護するために、地下墓地の奥へ運ばせたあと、それを知る者たちの口を封じたのであろうな。


 隠し部屋のまえには、二人のアリ、いや、アリが二体ひかえていた。我からすれば児戯じぎに過ぎなかったが、複数の魔術を使って妨害を図ってきよった。やつらにとって、母体とは、己を生みだしたものであり、己そのものでもある。また、群体として、それぞれの経験した出来事、学んだ知識、のこされた記憶、すべてを共有しているらしい。


 我を西方の大魔法使いさまと知りながら向かってくる意志だけは見事なものだったな。すぐに楽にしてやったがね。


 ああ、もちろん、母体の収められた階層に入ってからは我も普段のすがたに戻っていたぞ。まさか赤き竜のすがたをとるわけにもいかぬしな。変身魔法をつかいながら他の魔法をつかうのは難しいのだ。

 そもそも、西方の地を離れれば離れるほど魔力がうすれてしまう。あまり余計な力を使いたくなかったというのが本音だ。眠れる人々の生命力をゴーレムの動力に使っていたと話したことがあるだろう。あれは、いくらかは本当のことさ。〈門〉に近い西方の地、魔女の森、古代の人間たちは、もともと多くの魔力を持っているからな。いまの時代、東方で、大量の魔力を行使することはできない。


 ……基本的には。


 一部の場所はべつだ。いわゆる聖地であったり、聖遺物や呪物の保管場所であったり、あるいは呪われた地、たとえば地下墓地カタコンベ。聖と魔は、おなじものの表と裏だ。


 地下墓地カタコンベに入って元気になるなど、なんの冗談かと言いたくなる。ところが事実そうで、我も快調だったぞ。なんなら絶好調といってもよかった。積みあげられた古代の人々の死体は魔力のマキのようなもの。死霊魔術師ネクロマンサーの我とは相性もいい。それが、母体の収められた階層へ近づくにつれて、目にみえて薄れていった。


 なつかしい感覚だったのう。


 〈ちりの王〉の屋敷がそうだった。周囲から、何者かが、魔力、あるいは生命力をすいとっているのがわかった。


 むろん、ブガンさまが黄泉よみがえったわけではない。アリの本体ともいうべき母体が周囲の力をすいとっていたのだ。


 無数の死体が安置された地下墓地カタコンベの最下層で、みにくえ太り、ひっそりと無様ぶざまり続けようともがく肉の塊が、みずからの放つ、ねっとりとした腐臭に覆われて、窒息するようにうごめいていた。


 嫌悪


 あたまに浮かんだのはそれだけだ。知ってのとおり、屍肉しにくにも腐肉ふにくにも、たいがいのものには慣れ親しんでおる死霊魔術師ネクロマンサーをして、吐き気をもよおさせるような眺めだった。あの肉をもって、生きているなどと言うことは、この世界への冒涜ぼうとくであろう。


 もちろん、我らとて、一皮むけばただの肉の塊にすぎない。死ねばただの死体。死なずとも、一皮むけばただの肉よ。

 しかし、あれは、死ぬでなく、生きるでなく、ただ肉としてそこに在るだけ。魂や意思というもののない何か。


 分体であるアリたちは思考し、意思もあり、感情もあるようにみえる。けれど、この肉を存在させておくためだけの偽物だ。不死を得たのではなく、不死に囚われている。それはまるで〈森の魔女〉のような〈巨人〉のような〈首のない夜会服の女〉のような。そして、〈ちりの王〉のような。


 アリたちの魔力の痕跡は、その〈肉〉のうちに途絶えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ