第90話 大魔法使いさまの話2
おびただしい死体のなか、我の死霊魔術でも目覚めぬ者がいた。
魂のないキメラたちだ。
この世の理から外れた狭間の異形。やつらには死霊魔術は作用しない。
そのこと自体は、わかっていた。
しかし、だからこそ、潰走する帝国軍を追い、審問官のアリを殺したとき、いや、殺したアリの死体を操ろうとしたとき、それが叶わないことを知って驚愕したものよ。
おまえたちから聞いていたとおり、アリは一人ではなかった。いや、一体のみではなかったと言うべきか。魂のない肉の塊。何体ものアリを殺し、そのどれもが死霊魔術の対象とはならなかった。
宝玉も見つからず、これで終わりとはできないことがわかったよ。
というわけで、帝都へ行ってきた。
ん、なにを驚いている。帝都へ行って、いろいろと始末をつけて、そして戻ってきた。そういうことさ。残念ながら、始末はつけきれなかったがね。我に許されるのはこの程度か。
何人ものアリから魔力のながれをたどって、その出所を急襲した。
今度は大鴉に化けてな。
赤き竜のすがたをとっても面白かったかもしれんが、わざわざ目立つ格好で行くこともない。アリの正体を探り、始末をつける。我の目的は、それだけだった。べつに、帝国に恨みがあるわけじゃなし、いまの時代のことはいまの時代の者で勝手にやればいい。
ただ、〈門〉に関することは別だ。
西の涯てに向かおうとする者は許さぬ。審問官のアリが何者であろうと、すべて殲滅せねばならん。
そうだ、おおかた予想はついていたのではないか? まさかアリが五つ子だとか六つ子だとかおもっていたわけじゃあるまい。比喩的な意味だが、やつは群体としてのキメラだ。母体から分かれた触手あるいは枝のようなもの。
母体は、帝都の奥深く、厳重に封じられた地下墓地に大事にしまいこまれていたよ。
烏から犬、犬から猫、猫から鼠へ、次々とすがたを変えながら地下墓地へ侵入した。いやはや、信仰ゆえかなにゆえか知らぬが、壁面にそって、あるいは天井や柱にそって飾り立てるようにならべられた、骨、骨、骨。この死霊魔術師をもって悪趣味といわせる光景であったな。
それらがすべて、かつては話し、食べ、泣き、笑い、生きていた人間のものというのだから、絶望と虚無しかない。希望など偽りであり、偽りだからこそ希望なのだと感じる。
もしかしたら、キメラをつくりだす技こそが希望として復刻されたのかもしれぬ。
我の知る限り、地下墓地の教団の生き残りは一人だけだが、どこかにその知識が遺されていたのだろうな。
いまとなっては、どういう動機でそれが遺され、どういう形式で伝えられたのか、そして、どういう理由で復刻されたのか、すべてどうでもいいことではある。
先代の皇帝は見識にすぐれ、仁愛にあふれた人格者だったときくが、存外、あの骨どものように、あきらめの悪い、死んでも死にきれない人間だったのかもな。
今生に執着することが悪いとばかりは言えまい。燃えて消えるが道理としても、醜く抗うのも道理のうちであろう。
キメラは短命かつ知性のない化物といわれておるし、おおかたはその通りだ。
しかし、なかには、人としての知性を保ち、およそ不死にちかい命を得るものもある。
ここまで言えばわかるだろう。
我の推測ではあるが、それほど外れてはおるまいて。その死には間に合わなかったものの、先代皇帝の意向で不死の技としてキメラをつくりだす方法が見出され、政体が合議制へと移行するなかで、審問官のひとりであったアリが禁忌のわざをうけついだのだろう。
あるいは、キメラの材料とされた男が、たまたま不死の形態に適合し、審問官に取って代わったのかもしれん。ふむ、その方が確率的にはありそうな話だのう。
しかし、どう見積もっても、しあわせな話とは言えぬな。
あのような醜い不自然なものとしてあるくらいなら、人は人として死ぬべきよ。母体が地下墓地に隠されていたのは、はたして護るためだったのかどうか。本当は、人目を避けるためだったのかもしれん。やつの羞恥心ゆえだったのかもな。




