第9話 月読み
狩人でなく渉猟者たれと告げたのは宝石のためか、いや、レナのためか。旅をしながらまもってほしいと、あれはどういう意味だったのか。ひとところにいては危険なのか。
疑念を振りはらうように、あたまを振る。そこへ、おさないころから変わらず、いきおいよくレナがとびこんできた。言葉を発せないゆえに、犬ころのような愛らしさがある。
一方、狩だけでなく、細工もの、料理など、なんでもこなすしっかり者、と言いたいけれど、わりと抜けているところもあって、いまもとびこんできた勢いで炉端に足をとられて盛大にころび、あたまを打って泣きだしたところだ。そこへ、
「おまえ、レナになにをした!」
とリップが責めてくるのもいつものことだった。
ひきしまった体つきはあいかわらずで、俺よりも背がたかく、女の子らしさというよりは女性らしさを感じさせる。美人でスタイルもいいが、性格はきつい、というのも俺にだけで、ほかの者には優しくほがらかだ。
もっとも、何年もきつい言葉をぶつけられてきて、多少の罵倒にはなにも感じなくなっているあたり、なれとは恐ろしいもの。リップがタギの実子ではなく、両親は屍肉あさりに殺されたのだときいてからはなおさらだ。罵倒も、あまんじて受けようじゃないか。しかし、落ちこむでなく、言いかえすでなく、無視するでなく、ただ従順に悪態に耳をかたむける態度が好意的にうけとられることはなく、リップとの仲も、あいかわらずなのだった。
ところが、不変のものなどなく、自分たちをとりまく何もかもが変化したあの日をまえに、彼女との関係もかたちを変えていった。
狩人は月の女神を信じている。森と狂気と狼の神であり、通過儀礼として月読みの儀がおこなわれ、月が満ちるまでの十数日を森ですごす。狩の技量を試され、たえられない者は一人前とみとめられない。
くわえて、この儀式では、としごろの男女同数がえらばれ、くじびきでペアが決められるのだった。つまり、狩人としての独り立ちと同時に、あらたな家庭をもつことを求められてもいる。
とはいえ、かならず婚姻が成立するものではなく、破局するペアもあれば、最後まで、よき隣人、狩のパートナーにとどまるペアもある。ちなみに狩人の女に安易に……この場合は、腕力にものをいわせて、ということだが……手を出そうものなら、いついかなるときに矢がとんでこないともかぎらないし、それが露見すれば、集団を追い出されてスカベンジャーになりさがるしかないため、そうしたことはまず起こらない。
ふたをあけてみれば、俺のペアはリップであり、リップのペアは俺だった。で、どうなったかというと、
「ついてくんなよ!」
と冷たくあしらわれている。婚姻はともかく、ひとりよりふたりのほうが安全だし、獲物も狩りやすいというのに。
「あたしは、ひとりで大丈夫だ。おまえの手をかりるまでもない。屍肉あさりと一緒になるなんざ、ついてないぜ」
「ちかごろ森がさわがしい。過ごし方は自由だが、ルートは外れないほうがいい」
「はっ、ちょっとは怒れよ。つまんねぇやつ」
ふりかえりもせずに、ずんずんと森のおくへ進む。これみよがしにルートを無視だ。いっそのこと、本当に放っておいてやろうか。しかし、タギとレナからもらった石打ちの矢をおもい、その心尽くしと込められた祈りをおもうと、そのままにもできなかった。
意地になって先行するリップを、やみくもに追っても疲労するだけであり、すこし離れてあとを追うことにした。雑把な性格だから、痕跡を消していくようなことはないだろう。嫌われていようと、ながい付き合いなのだ。
と、ひさしぶりに死の気配を感じた。
もうすっかり忘れたようにおもっていた感覚。屍肉あさりとして、どこにゆけば死体があるか、不吉さをよびこむ気配の読み方を自然としていた。
しかし、あまりに久しぶりすぎたのか、森のあちこちから気配を感じ、どことも、なにとも、ほんとうともウソとも特定できない。
ただ、リップが姿をけしたほうから濃厚な死の気配がただよってきていた。のどがかわき、動悸がはやまり、さびた鉄の味が口中にひろがる。なにかあったのではないか。まさか、そんなことはありえない。そうおもってしまうのが人の業であり愚かさだと、おばばなら言うにちがいない。
そう、だからこそ、なにごとでも起こりえるからこそ備えなければ。




