第89話 大魔法使いさまの話1
我が如何にして、帝国軍を退けたか、微に入り細に入り話してきかせてやりたいところだが、まあやめておくか。手短かに教えてやる。大事なところで時間切れになってはかなわんからな。
おまえたちが北へ旅立った翌日、アリの言葉どおり帝国軍が攻め寄せてきた。
なかなかに壮観だったぞ。
地平線を埋め尽くすような大軍が、ひたひたと海のように寄せてくるのだからな。騎兵、歩兵に限らず、帝国秘蔵のキメラ兵も多数投入されていた。いびつな影をひきながら、雲霞の如くというやつだ。
とはいえ、所詮は雲に霞の儚い連中さ。本気で我に勝てると思うておったのであれば、おめでたい話だ。
禁忌とされた魔術を復刻させ、盟主たる王国を滅ぼし、ちょいとばかり調子にのっておったのだろうな。魔法全盛の時代から大魔法使いであり続けてきた我に刃向かうなど、蛮勇を通りこして愚行としか言えぬ。
その後の一方的な虐殺のことは、まあ話しても聞いても心地よいものではなかろう。
おまえと出会ったときに幻の炎を吐いてやったが、あれを本気でやったのさ。ごうごうと枯草を燃やすように、燃やして燃やして燃やしまくってやった。
残念ながら、それだけで奴らを壊滅させるには至らなかったがね。
黒猫の件で知っただろうが、変身魔法は危険だからな。そう長くは赤き竜でいられない。正確には、長く変身しすぎると戻れなくなってしまう。心は体のありようによって変化するのだ。獣であれば獣のように、凶暴な怪物であれば凶暴な怪物のように。
領地を囲む壁がくずれていただろう。はっはっはっ、あれをやったのは我よ。うっかりな。半分、思考が竜になりかけておったのだろうな。いやはや、ある意味、帝国軍よりも己の魔法に喰われるところだった。
城にもどり、領地に侵入してくる兵隊やキメラどもをゴーレムで屠り、数を減らしながら手駒の数を増やしていった。
なんの数を増やしていったか、わかるか? おまえたちならわかるだろう?
そう、死体だよ。
無数の墓標のしたではなく、戦場に転がる無数の死体をどうしたかということだ。もちろん、有効利用させてもらった。こういうとき、普通はどういうのだったか。そうそう、反吐がでるような所業といったところか。
だが、我は正義の味方などではない。
人のなすことで、正義ほど、ろくでもないものもそうはないがな。正義とは強烈な肯定であり、強烈な否定なのだから。我は我の望むことをした。それだけだ。
数百年のときを経て、我の二つ名から死霊魔術師のそれが失われていたが、これで復活するやもしれん。たしか、〈死者を愚弄する者〉だとか、そんな呼び名よ。屍肉あさりと同類だのう。死者との約束などクソ喰らえ。死者は死ぬまでが死者であり、死ねばただの死体か。
赤き竜として吐いた炎で焼きすぎた死体はべつとして、領内で死んだ連中、またそれなりに形をたもっている死体をすべて叩き起こした。どこぞの異教徒がいう復活のときとは違う。永遠の安息から、この世の地獄へ引きずり出してやる、それが死霊魔術だ。
そうして目覚めさせた死者が生者を眠りにつかせ、さらにまたそいつらが再び目覚めて生者を眠らせる。終わりのない終わり。ほとんどの帝国兵は無惨な最期をとげ、また無惨な始まりを迎えることとなった。
帝国軍が撤退、いや、どちらかというと潰走と言ったほうがいいな。ほとんど全滅に近いことになった。我は〈門〉に近づく者を排除できればそれでよく、べつに帝国軍を皆殺しにするつもりもなかったから、それで今回の件は終わり、そのはずだった。
しかし、そうはできなかった。




