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第88話 面会


 帝国は島を支配下におく気はないのか、それとも主力部隊の壊滅により、そんな余裕もないのか、駐留する部隊などはなく、順調に大魔法使いさまの領地にたどりついた。


 外周の街はもちろん、くずれた壁のあいだから入った領内も、いたるところが焼け焦げ、いまだに煙をあげていた。

 死んだ街や農地は、見捨てられた王都を思い起こさせる。放牧されていた牛や羊も、いくらかは死に、いくらかは半ば野生にもどりつつあるようだった。

 あちこちで動かなくなったゴーレムが倒れており、帝国軍と戦いでもしたのか、その体は傷つき、大きく欠けてしまっている。


 一方で、帝国軍の兵士やキメラの死体はほとんどなく、なぜかと思ったが、まだ動いているゴーレムをみつけて、そのわけが分かった。無機質な目と手足で、死体をみつけては土を掘って埋めていたのだ。そのうえに、一本杭いっぽんぐいの墓標を突き立てる。それは、〈ちりの王〉の屋敷でみた光景によく似ていた。


 焼け焦げた農地のむこうではならの森に囲まれた石積みの城が、以前と同じく高台から四方をみおろしているが、風景の変化がもたらすものなのか、寂しいような悲しいような気持ちにさせられた。ずっと見守ってくれていた人がどこかへ行ってしまったような。


 城門付近で、見知った顔が待っていた。


「よく無事に戻ってきたね」


 ほっとしたようにいうのは、宿屋の女主人、エルシーだ。王女レナをみて、うれしそうに、でも、駆けよって抱きしめることはしない。うやうやしく頭をさげて、ペテロの装飾写本を差し出すのだった。


「大陸の王家をつぐ方だと大魔法使いさまから聞きました。王女の帰還を祝して、こちらをお納めください」


「エルシーさん、無事でよかった。けど、そんなのらしくないです。やめてください」


 困ったように言って、王女レナがエルシーを抱きしめた。


「はは、そう言ってもらえると助かるね。大魔法使いさまほどじゃなくても、無礼な生き方をしてきたもんだから、まあ、うまく話せないこと。でも、この装飾写本を返すのは本当だ。宿屋でこき使って悪かったね。許しとくれよ」


「許すも許さないも……」


 世話になったのはこちらの方だと言いかけて、俺は、ふと気がついた。レナが王女であると大魔法使いさまから聞いただって? やっぱり生きているんだな?


「もちろん、大魔法使いさまは生きてるさ。二人が戻ってきたら教えてくれと。ゴーレム越しで、直接会ってはないけどね」


 かつての森の魔女の城、いまや大魔法使いさまの城となっている城への入口は、以前の領地への入口同様、魔法で閉ざされていた。


 そこに門番然として立つゴーレムに、戻ってきたことを伝える。


 宝石のような目が、黙って俺とレナとを見下ろし、ゴーレムはくるりと背を向けて歩きだした。エルシーを見ると、あれについて行けとでも言うようにうなずいていた。


 なんとなく、俺とレナだけで行くべきではないか。そう思えて、ハインラやウーシス、オルフェ、目覚めた人々には城の外で待っていてもらうことにした。


 左右に傾きながら歩いていくゴーレムの後ろすがたは、の光のかげになって暗く重い。けれども、森の樹のように、川原の岩のように、どこかあたたかみがある。


 死霊魔術師ネクロマンサーに親しいからすの鳴き声がきこえる。戦場の女神の化身であり、死と勝利の象徴。死にゆく英雄の肩に止まるといわれる、不吉であり、愛情そのものでもある鳥だ。その姿はみえないが、どこか近くにいるようだ。


 大魔法使いさまの寝室をまえに、ゴーレムが立ちどまり、衛兵のように脇へ退しりぞいた。


 ふりむいてレナの手をとり、二人で扉をひらく。なぜか、大魔法使いさまと最初に出会ったときに聞いた品のない笑い声と、にんまりとした赤き竜のすがたを思いだす。


 また、幻の炎でも浴びせられるのでは?


 そうであってほしい。わがまま勝手で傍若無人ぼうじゃくぶじんな大魔法使いさまには苦労させられたけれど、それでこそ彼女らしいと思っていたから。


 しかし、扉をひらいても、なにも起きなかった。なにも起きないということが無性に悲しかった。整頓されてはいるが飾り気のない部屋に、ぽつんと灰色の寝台があり、大魔法使いさまは、そこで半身を起こしていた。


「遅いぞ、おまえたち」


 そう言う声はしわがれ、小さくて聞き取りにくい。うっかり死んじまうところだったぞ、と続けた軽口にも笑う気にはなれなかった。


 灰色の寝台には、灰色の老女がいた。


 せた灰色の服は、〈ちりの王〉の屋敷で、アーが着ていたものによく似ている。もしかすると、自分の部屋ではいつもその格好だったのかもしれない。


 老婆というような姿ではない。背筋を伸ばして凛とした雰囲気が、わずかに傲慢ごうまんさを残している。けれど、いつもの艶のある様相とはまるで違う年老いた姿には言いがたい物悲しさがあった。


 その姿は、いったいどうしたのかと問いかけるまえに、大魔法使いさまが口をひらいた。


「時がきたのさ。我がどれだけ生きてきたか考えてみろ。何者よりも強く、すべてを打ち倒すのは時間だ。魔力で抑え込んできたが、どうやら限界がきたらしい。門が閉まったままだというのに、ちょっとばかり張り切り過ぎたな」


「どういうことなんだ?」


 その姿と話と、両方にむけた質問を無視して、大魔法使いさまがいう。


「いいか、よく聞け。審問官のアリは、キメラだ。宝玉を手に、門をひらこうとしているぞ。すべて殺して止めろ」


 なんの話をしているのかもよく分からなかったけれど、大魔法使いさまは、自分にはもう時間がないのだと話を続けた。


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