表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/125

第85話 ノブレス・オブリージュ


 王女さまの扱いは辺境伯に一任され、それは他の領主や部族長にもうけいれられた。歴史的にも、視察や避暑にやってくる王族の対応は辺境伯の役割であったらしい。


 私室へと案内していく際には、ディーガ辺境伯は険しい顔をくずさなかったが、部屋へ入り、扉を閉めると、


「まさか、こんな奥の手があるとはな」


と笑いながら長椅子に腰をおろした。それから、俺たちにも椅子をすすめる。


「王女さまのまえで無礼な振る舞いだが、許してくれよ。オレにはもともと辺境伯になる予定はなかったのですから」


 どういうことかというと、ディーガ辺境伯は侯爵家の五男で、後継者になる見込みなどなかったのだが、王都攻防戦において、父も、四人の兄も、全員戦死したらしい。


「そこで、生き残ったオレに回ってきた。ガラじゃないが、仕方あるまい」


 苦笑いしながらレナをみつめるその表情が、堅く真面目なものとなった。


「ノブレス・オブリージュ」


 一言だけいって、口をつぐむ。見つめられて困ったように目をそらし、レナが俺に視線をむけた。たすけを求めるようなその様子を、辺境伯があたたかな笑みをうかべて見守る。


「高貴なる者の義務というのですよ。レナ王女、あなたは亡国の王女から救国の王女となるべく義務づけられている。いずれ王国を再興した女王として名を残すことになるだろう。即位式は王都でやりましょう。そのためにも、大魔法使いさまを救援し、この島から帝国軍を駆逐せねばなりません」


「わたしは、そんな……。王女なんて」


「ここへ来て逃げだすようなことは許されませんよ。オレも王国滅亡後の辺境伯などと、そんな面倒な地位は欲しくなかった。

 それでも、やるべき人間は限られていて、やらなければならなかったのです。まして、他に生き残った王族がいないならば、もうしわけないが、あなたに選択肢はない」


「でも……」


 レナは自分のあるべきすがたを受けとめられずにいるようだった。再度、たすけを求めるようにこちらを見るのに、俺は無言でうなずいた。そこへ、辺境伯が問う。


「大魔法使いさまを救いたいのでしょう? ならば、できることはするべきです」


「……わかりました」


 ためらいながらもそう応じ、レナは顔をあげて、はっきりと言った。


「わたしは、大魔法使いさまを、アーをたすけたい。そのためなら王女を演じます」


 その言葉に、ディーガ辺境伯が満足げにうなずいた。演じるうちにいつかそれが本当となる、そういうものですと。


 しかし、言い終えたレナが、また不安げな視線を送ってきたので、俺は、不本意ながら、また無言でうなずいてやった。


 その後、王女を演じるためには準備がいると言って、辺境伯がレナとウーシスを連れていった。信頼できる人物と思えて二人を託したわけだが、ウーシスがいれば滅多めったなことはないだろう。それに、レナとのありかたを考えなければならないというのもあった。


 オルフェは城外で待つ目覚めた人々のもとへいくと言って出て行ってしまい、俺は、あてがわれた部屋に一人きりだ。いまだに自分から口をきくことがほとんどない無口な男とはいえ、今日だけはそばにいてほしかった。

 夜もふけて、からのままの寝台と隣りあわせに一人で横になったが、目を閉じても眠ることができず、そっと部屋をぬけだした。静かにする必要もないと苦笑しながら。


 石材で組まれた城内は、夜の闇のなかでは巨大な墓石のようで不吉だった。生き埋めにされた人々の幽霊が出るとうわさされる街にはふさわしいものだ。それでなくても、城というのは、いくさや内紛、裏切り、処刑と、飲みこむ血に事欠かない場所である。


 これほど孤独な夜は久しぶりだった。


 考えてみれば、王都でレナを託され、それからずっと一緒だった。こんなふうに離れて夜をすごすのは、月読みの儀以来じゃないだろうか。あの日のことを思いだして切なくなる。心の弱っているこんな夜には特に。


 全身にまとわりつくような切なさと孤独とを振りはらうように、足早に夜の廻廊をあるく。点々と灯りがともされているけれど、あたりに人気ひとけはない。衛兵といっても要所要所に配されているだけなのだろう。用意された部屋は城内でも深部にあたるところだから、逆に配置がすくないのか、ほかに生きた人間は誰もいないような錯覚におちいりそうだ。


 もちろん、そんなことはない。


 しかし、まるで幽霊城のようだと感じていたからだろうか。俺をひきとめようとする、まとわりつく感情を引き離してバルコニーへ出たとき、そこに幽霊がいたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ