第84話 奥の手
飾り物の使者として座っていただけなのに、全身汗だくになっていた。ほとんど冷や汗である。一息に水をあおり、すこし落ちついた。
「久しぶりだな。あいかわらず、面倒ごとにまきこまれてる。おもしろい」
との声に振りかえると、ハインラが立っていた。再会したときの冷たさはなく、会議の紛糾を面白がっている様子があった。レナが飛びついていき、俺は、ふらつくハインラの手をにぎって支えてやる。
落ちついてから話をきいてみると、彼女は族長代理として会議に出席していたらしい。再会したときの態度が冷たかったのは、俺たちのことを考えてのことだった。拍手をして、みなが話をきくように会議の流れを整えてくれたわけだが、最初から親しい仲とバレていれば、仕込みとしか思われなかっただろう。
会議の再開がせまり、辺境伯が近づいてくるのをみて、ハインラは、がんばれ、とでも言うように俺の肩を叩いて議場へ戻っていった。その背中を見送り、なんだ、知り合いか? と辺境伯がつぶやく。
「いろいろ顔がひろいようだな。しかし、あまり旗色はよくないな」
「ちょっとは味方してください」
思わず文句をいってしまってから気づいたが、相手は王侯貴族の一員であり、不敬罪で処罰されかねない。そんな不安をかきけすように、ディーガ辺境伯は笑いながら応じた。
「オレは会議の進行役、見届け人だ。王国健在のころであれば、その正使の言葉がすなわち俺の言葉だったのだがな。亡命貴族どもはオロオロしているだけで役に立たん」
「だいじょうぶです。必ず説得できますよ」
自信たっぷりにウーシスがいう。奥の手がありますから、と笑っており、逆に不安になってくる。まさかと思うが……。
気になることを問いただそうとしたとき、会議の再開が告げられた。そして、俺の不安は的中したのだった。
不戦に傾いていた会議は、ウーシスの一言で再び紛糾し、不戦派と主戦派とのあいだで激しい議論が交わされることとなった。そして、最終的に、主戦派が勝利し、北部地域の連合軍で帝国と戦うことに決まったのだ。
再開した会議において、大魔法使いさまの救援を拒否するとの方針、つまり帝国との敵対は避けるとの結論にいたると思われたとき、ウーシスは奥の手を使った。
王国は滅びていない。ここに、王女とその守り手である人狼が生き残っているのだからと。
その言葉が出席者にあたえた衝撃は予想以上に激しかったが、俺がうけた衝撃も激しいものだった。たしかに旧王国領をまとめあげ、帝国と戦い、大魔法使いさまを救援するには象徴が必要であり、レナを担ぎあげるのが一番手っ取り早い。王女を守る人狼の存在とあわせて説得力がある。
おかげで、その後の会議の主題は、俺たちが本物かどうかの議論に変わっていった。もちろん、本物であれば、王国再興の大義をかかげて帝国と戦うということである。
しかし、そうなれば、これまであやふやだった、いや、あやふやにしてきた関係が変わってしまう。レナは亡国の王女に、俺はその護衛に過ぎない。すなわち、兄妹ではないと。
すでにウーシスが口に出してしまった以上、否定するわけにもいかず、俺は求められるままに〈餓狼〉を腰から外して卓上においた。辺境伯をふくめて、何人かは、そのシンプルで曲線的な模様が刻まれた黒いナイフに見覚えがあり、たしかに魔剣〈餓狼〉だと証言した。
すかさず、ハインラも、その魔剣が振るわれるところをみたこと、またレナが使った魔法についても証言した。特に、上空から燃えさかる石をふらせたことについては、未婚の王女にしかつかえない星魔法であるとして、議場に、どよめきが起こった。
会議は、望んでいた方向へと転がっていったが、俺のなかに喜びは湧いてこなかった。大魔法使いさまの救援はともかく、レナとの関係が変わってしまうことが怖くて、その表情をみることすらできなかった。
そんな俺のことなど知らぬげに会議は進み、やがて、レナを旗頭として徹底抗戦するとの決議で散会となった。
多分に形式的なものだとしても、レナを扇状に囲んだ人々が、辺境伯の号令のもと、一斉にあたまをさげる。そこには思いがけない旧主との再会と、戦をまえにした高揚感とがいりまじっていた。
ディーガ辺境伯が、呆然とした様子のレナに手をあげるようにうながす。応じて、ひときわ大きな歓声があがった。
忘恩の輩に鉄槌を!
禁忌を恐れぬ輩に鉄槌を!
王都を我らの手に!
辺境伯の掛け声にあわせて、出席者たちから声があがる。俺たちは何度もくりかえされる喚声を背に、大ホールをあとにしたのだった。




