第81話 辺境伯
大魔法使いの名代ときいて、隊長らしき男の顔色が変わった。なるほど、オルフェやウーシスの不思議な技もそれならば納得がいく。それに、南方で戦いのあることを聞いてもいるのだろう。あきらかに自分の分を超える判断をもとめられていることに気づいた様子だった。
どうしていいかわからず、困惑する男に救いの手をさしのべたのはウーシスである。
「大魔法使いさまの代理としてこちらに参りました。辺境伯との面会を希望しております」
案内していただけますね? 微笑む彼女に魅入られたように隊長がうなずく。
そこからは、とんとん拍子に話が進んだ。
俺やレナは、辺境伯の名前すら知らなかったが、ウーシスたちは眠りのうちにも、さまざまなことを学んでいたらしい。
いまは、ディーガ辺境伯との面会を、城内の礼拝堂に続く小部屋で待っている。俺とレナ、ウーシスとオルフェの4人だ。どう扱えばいいか迷っているとみえるが、囚人塔へ案内されなかっただけマシだと思おう。
「辺境伯と会えるかな」
「ご心配にはおよびません。いま、大ホールでは、帝国の侵攻に対して、北方の領主、各部族、大陸の亡命貴族らをまじえて実のない議論を交わしているはずです。南方の情報は、のどから手がでるほど欲しいでしょう。
また古代には日常的なものとはいえ、いまはめずらしくなった魔法も見せてやったのです。辺境伯は、これで会おうとしないほど愚かな統治者ではないと聞いております」
ウーシスの断言は俺の心配を払拭してくれた。ただ、続けて、
「とはいえ、あたしとオルフェはともかく、お二人をこんな小部屋に案内して、あまつさえ待たせるなど許しがたい所業です。このうえ会わないなどと言ってこようものなら、辺境伯の命運も今日までとなるでしょう」
などと物騒なことを言っていた。
「それは危ないところだった」
苦笑いとともに、礼拝堂を通って壮年の男性が入ってきた。すらりとした体躯に飾り気のない簡素な礼服を身につけている。その眼は、笑っているようでありながら、油断なく俺たち全員に目を配っていた。これがディーガ辺境伯に違いない。俺たちが立ちあがろうとするのを制して、
「いや、あいさつはいい。その代わり、オレも楽にさせてもらう」
と手近なイスにどっかりと腰をおろした。
「会議、会議で、つかれてしまってな。衛兵らの報告はきいた。大魔法使いさまの代理らしいじゃないか。それが本当なら、なにが起きているのか教えてもらいたいところだ」
「ずいぶん投げやりですね」
軽蔑を隠そうともせずに、ウーシスが応じる。ゆったりとした衣裳越しに、まっすぐ背筋を伸ばした様子がよくわかる。それと知ってか、辺境伯も姿勢を正していう。
「仕方あるまい。これまで見向きもされなかったこの島へ、突如として大軍が攻めてきたのだ。すでに南東部は帝国の手に落ちた。我々にできるのは、いかに領民を守り……」
「いかに自分たちの身を守るか」
「手厳しいな。だが、本音を言えば、会議の出席者の大半は、そう考えている。大魔法使いなどと言っても、実際、どれほどのものか。ただ、帝国の意図もわからぬゆえ、どうすればよいか決めかねているのだ」
「ディーガさまは、どうお考えでしょうか」
「オレか? オレは、無益な争いは不要だと思っている。王国が滅びた以上、辺境伯として果たすべき義務もないからな」
「そして、領民を守らなければならない」
「そのとおりだ」
「では、抵抗せず、帝国に降伏すると?」
「そうだな」
憮然とした表情で吐き捨てる。すでに結論は出ているのだろうが、それを口にさせられたのが悔しい様子だった。
「領民のために争いを避け、降伏する。領主としてあるべきすがたと存じます」
丁寧な物言いながら、その口調にはどこかトゲがあり、それが気に障ったのか、辺境伯が顔をあげてウーシスをにらみつけた。
「なにか言いたそうだな。言いたいことがあるなら、はっきり言うがいい」
「辺境伯、いいえ鏖殺侯、歴史は必ずしも真実の味方ではありません。あなたさまなら、このことはよくご存知のはず」
鏖殺侯と呼ばれたディーガは、その言葉を聞いて唖然とした表情をうかべたと思うと、つぎの瞬間には苦悶の表情をうかべ、押し殺した声でいった。
「いまだにその呼び名を使う者がいることは知っている。代々、辺境伯の称号とともに引き継がれてきた不名誉の証だ」
「これからお話しすることをお聞きいただいたうえで、御判断を願えればと思います」
にこりと微笑むウーシスに見惚れてしまったのは俺だけでなく、辺境伯あるいは鏖殺侯も同様だった。




