第79話 お願い
「ところで、ちょっとお願いなんだけど……」
と切り出すと、ずっと落ち着いた雰囲気だったウーシスが目にみえて動揺した様子で、
「あ、あたし、なにか。いえ、わ、私、なにか失礼なことでも」
と、あわてていた。ちょっと澄ましたようなところもあっただけに、飾らない素のすがたが感じられて愛らしい。
「いや、心配いらない。ただ、もっと気楽にしてもらえたら嬉しい」
「あ、わかりました。それでは、失礼にならない程度に自由にさせていただきます。御主人様、ほかに、なにかご希望は?」
「はは、御主人様はちょっと……。名前で呼んでくれたらいい。俺もレナもだ」
「それは逆にお呼びしにくいのですが。大魔法使いさまの名代としてお仕えしますのに」
と、心底、困ったような様子だった。大魔法使いさまの言うとおり、当座の目的としての役割を果たす必要があるようだ。
「まあ、無理強いはしないでおくか。じゃあ、どう呼んでもらってもいいけど、もう少し気楽にやってくれていい。オルフェやほかの連中にもそう伝えてくれるかい」
「はい! わかりました」
ほっとしたように笑顔をみせていう。「すてきな御主人様でたすかりました。本当は、あたしもそんなに言葉づかいに自信はないんです。御屋敷でも、しょっちゅう叱られてました」
ぺろっ、と小さく舌をだす。その様子からは、気取らない性格がうかがえた。こちらとしても、その方がありがたい。礼儀なんて知らない屍肉あさりだったのだし。
こちらもほっと息をついていると、あ、でも、と続けていう。
「オルフェは、もとからあんな感じですよ。かちかちの堅物なんで」
にこりとするウーシスの表情は、ずいぶんとやわらかくあたたかみを感じるものだった。やはり、もともとの性格も大きいのだろうが、わずかなあいだのやりとりで息をふきかえしたような感じもあった。
「ま、とにかく仲良くやろう。年齢もほとんど変わらないんだし」
「ふふ、どうでしょう。何百歳と十いくつですけど」
くすくすと、いたずらっぽく笑う。
ウーシスとのやりとりは、未来に希望を感じさせるものだったけれど、明日の開戦をおもうと、気楽にばかりもしていられない。南の空をながめて、つい、ため息をついてしまう。
「御主人様?」
「あ、ごめん。大魔法使いさまのことが、ちょっと気になってさ」
「だいじょうぶですよ。あれだけの力を持った魔法使いはそうはいません。あたしたちの時代でも、匹敵するのは〈森の魔女〉くらいだったでしょうね」
「そうか。王国の残党でも、島の部族でも、なんとか助力を得られるといいのだけれど」
「そちらも、だいじょうぶだと思います。お二人なら、いえ、むしろ、お二人でなければ難しいでしょうが」
意味ありげに微笑んでみせる。古代の魔法の民として、そうした予感めいたものがあるのかもしれない。
今日はとにかく休もう。
俺たちにできるのは、大魔法使いさまを信じ、可能な限り早く、多くの助力をえて戻ることだけだ。翌朝、遠くからきこえる海鳴りのような音をあとにして北へむかった。戦場の音なのだろうかと、後ろ髪をひかれながら。
ウーシスによれば、島の北にある王国直轄地には島で最大の城砦都市があり、周辺の親王国派部族とともに実質的な統治をおこなう協議会が設置されているらしい。
旅の目的地はその城塞都市だ。
目覚めた人々も次第になじんできたらしく、旅の途中からは、話し声も聞こえるようになってきた。遠慮がちながら、オルフェも話をしてくれるようになり、その篤実な人柄もわかってきたのだった。




