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第77話 オルフェとウーシス


 こうして目覚めた百人を連れ、あわただしく北方へと出発したが、あてがあっての話ではない。西は〈門〉のある荒れ地、南は海、東は帝国軍のため、ほかに選択肢がなかった。

 百人は整然とあとをついてくる。

 交代で休憩をとりながら、あるいは馬車で、あるいは徒歩で、あるいは騎乗にて、黙々と進んでいく。まったく話し声が聞こえないのは不気味でもあり、不安でもあった。そこで、出発した当日の夜、まとめ役を託されていた男女を呼びだし、話をしてみることとした。


 まず男のほうは、名前をオルフェと言った。年齢は自分よりいくつか年上だろう。二十歳になるかどうか。日に焼けることがなかったからか、白く透き通った肌は彫像のように美しいけれど生気がない。おだやかな表情と品のある仕草は女性的ですらあって、ながい金髪とあいまって、男だと聞いていなければ、そうとわからなかったかもしれない。


 名前をたずねると、涼やかな声で応じた。言葉がわからないわけでも、話せないわけでもないことはわかったので、どうして、みんな黙っているのかと尋ねてみた。


「なにを話せばよいでしょうか」


 困惑したような声でいう。なにか不満があるとか、話したくないとかではなく、純粋に、なにを話せばよいのかわからないらしい。

 大魔法使いさまの言ったことを思いだす。あまりにながく樹木と化していたこと、眠り続けてきたことで、欲望がうすれてしまっている。そう言っていた。


 なるほど、植物は話をしない。なにかをしたいとか、なにかを伝えたいという気持ちがなければ、言葉は無用の長物だ。彼らの目的になるということは、人間的な気持ちをとりもどす手助けをすることまで含むと気付いた。

 さすがは大魔法使いさまである。責任重大かつ面倒なことをおしつけられたと知ったが、もはやあとの祭り。ここで、彼らを放りだしてしまうわけにもいかない。


 すこし言葉をかわしただけで疲れた様子がうかがえたので、オルフェからはならの木に変えられる前は何をしていたのかだけを聞いて、今日のところはそれまでとした。

 立ち振る舞いから、当時の貴族かと思ったが、そこまで高い身分ではなかったらしい。中性的な物腰と風貌に似合わず、地方領主の護衛をしていたという。


 つぎに女性のまとめ役を呼んだ。


 名前は、ウーシス。年齢は自分と同じか、すこし上だろうか。オルフェよりは生気も感じられ、きらきらとした目は、つよい好奇心をもって、あちこち落ち着かなげに眺めていた。

 日に焼けていない透き通った肌は一緒だが、こちらは小柄ながら肉付きよく、健康的な雰囲気があり、往時は元気に走りまわっていたのかもしれない。物怖じしない明るい雰囲気は、ながい眠りでも打ち消せない生まれつきのものなのだろう。まっすぐな視線にどきりとさせられてしまう。彼女は、かつてオルフェとおなじ領主の館で侍女を務めていたらしい。あるとき〈森の魔女〉に襲われ、館の住民ともども、まとめてならの木に変えられたのだ。


 もともとの快活さによるのか、話を聞いていても、さほど疲れた様子はなかった。

 ただ、その雰囲気からは信じられないほど、ウーシスが自分からなにかを話すことはなかった。樹木への変化と、長い眠りは、やはり大きな影響を残しているらしい。


 いずれにせよ、ながい眠りから目覚めたばかりなのだ。馬車のまわりで野宿するだけのことだが、それぞれ食事をとり、ゆっくり休むように伝えた。すると、


「承知しました。食事をとり、ゆっくり休むということですね」


と聞いた言葉をくりかえし、ウーシスが仲間のもとへ戻っていった。


 その後ろ姿を見送って、ため息をつく。これからどうしたものか。王国の残党なり島の部族に救援をもとめると言っても、そもそも島の情勢すらわからない。


 レナと顔をみあわせて思いに沈むことしばし、気付くと、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきていた。また、数名の男女を従えて、ウーシスが戻ってきていたのだった。


「お食事の用意ができました」と。


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