第76話 目覚め
大魔法使いさまが如何に帝国軍を蹂躙したか。それは、またあとのことだ。俺とレナのその後を語ろう。
眠れる人々を領地から逃がしてやってほしいとの頼みをうけたわけだが、とにもかくにも彼らを起こしてもらわなければ話にならない。
大魔法使いさまのあとについて、無数の寝台がならぶ廻廊を、ゆっくりと進んだ。杖をかざし、目覚めの魔法を行使しながら歩いていく大魔法使いさまが、
「まだ調整が終わってないのだがなぁ。だいじょうぶかなぁ、まあいいかぁ」
と不穏なことをつぶやいていたのが気になったものの、時間もないなかのこと、聞かなかったことにした。
廻廊を歩き終えると、目覚めた人々が、順次あゆみでてきた。百人が百人とも白いゆったりとした貫頭衣に身を包んでおり、おごそかな神官集団のようにもみえる。
やや男性が多いが、男女半々くらいで、みための年齢は十代から二十代が多いようだ。大魔法使いさまが言うには、年齢が高くなればなるほど、はやくに生をあきらめ、楢の木になりきってしまうらしい。
全員、どこか夢遊病者のような足取りで、たよりない様子だったが、何人かはしっかりとした目つきでまえをみすえていた。そのなかから男女一人ずつを選び、大魔法使いさまが白地に緋色の模様がついた一枚布を与えた。男女それぞれのまとめ役となるように指示している。
話し終えると、大魔法使いさまは、俺とレナを指さして、
「当面は、こいつらに従え。大魔法使いさまの名代だ。我にしたがうと思って、しっかり尽くすのだぞ」
などと言いだした。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「なんだじゃないわ。俺とレナに従えとはどういうことだ」
「そのままだが?」
「逃がしてやってくれってのは頼まれてやるけど、あとのことまで面倒みきれんよ」
「つめたいやつ。いいか、この百人は、ながいこと楢の木としてすごし、我が解放してよりも眠り続けてきたのだ。いまの時代に、ぽいと放りだしたらかわいそうだろうが。おまえに人の心はないのか」
「あんたにだけは言われたくなかった」
「調整が足りないといっただろう。魔法のゆめのなかで、いまの言葉や知識、そして我の偉大さを教えこんできたのだが、本来なら、まだ目覚めさせてよい状態ではないのだ」
「最後のが余計だったのでは?」
「あほう。それがもっとも大事なのだ。あれらは、あまりにながく樹木と化していたこと、眠り続けてきたことで、欲望がうすれてしまっている。生きる意欲が欠けていると言ってもいい。目的や意味を見失っているわけさ。
だからこそ、仮のものであれ、その指標となるものを与えてやらなければならなかった。だれかに尽くすということほど分かりやすい目的はないからな。いずれ新たな目的は自分たちでみつけだすだろう。それまで、おまえたちが目的になってやれ」
「そういうことなら仕方ないか」
「魔法が生きていた時代の連中だ。おまえたちにとっても助けとなるだろうし、ねむったまま学ばせたことも役にたつはずだ。当座の資金と移動手段をくれてやるから、こっちへこい」
路銀や馬車などをうけとりながら、大魔法使いさま自身は目的になれないのだろうかと不吉な考えが浮かんできた。いや、つねに傲慢で自信たっぷりな大魔法使いさまが敗北するとか、まして囚われたり、殺されたりするようなことはありえない。いずれ、押しつけに戻ってきてやるとしよう。




