第72話 帰還
グレゴとアーのやりとりに気を取られて気付かなかったが、足もとに黒猫が寄ってきていた。クロ《=大魔法使い黒猫ver》である。
『おい』
「おお、しゃべってる」
『いそいでレナを連れてこい』
つねに適当かつ能天気な大魔法使いさまにはめずらしく、あせった様子でいう。
『〈門〉が閉じきるまえに行くぞ。あれが閉じてしまえば、 魔剣の呪いがとけようがとけまいが、帰れなくなるのだ』
「そんな話、きいてないぞ」
『当然だ。言ってないからな』
「……」
文句を言いかけたところに言葉を被せながら、黒猫が〈門〉へ近づく。
『さっさとしろ。すきまが無くなるぞ』
言いたいことは山ほどあったが、どうやら時間がないらしい。話をしているあいだにも、とけた巨人のからだが門のすきまを埋めていく。とまどった様子のレナの手をとり、うながされるままクロのしっぽをつかんだ。
『行くぞ』
と、門のすきまに前足をつっこみながら、思いだしたかのようにいう。
『アーに伝えてくれ。変化を恐れるなと』
ネコのしっぽをつかんだまま振りむいて、やせた少女にむかって、その言葉をくりかえした。けげんな様子のグレゴ、きょとんとした様子の、次には、にっこりと笑みをうかべたアーの顔を最後に、周囲の景色が消え失せる。
……気付くと、日の光がさんさんと降りそそぐ、色とりどりの花に囲まれた東屋で、テーブルに突っ伏していた。
「はやく起きんか」
声がきこえて顔をあげると、そこには優雅に紅茶をたしなむ美しい女性のすがたがあった。くちを開かなければ、たしかに、西方の守護賢者、西方の赤き竜などと、たいそうな二つ名でよばれる大魔法使いと言えるのだった。
「もどったのか」
「その言い方は正確じゃないな。ずっとここに居たし、ほとんど時間もたっていない」
「あれは、夢だったのか?」
「ちがうな。選ばれなかった過去のひとつだ。あのあとどうなるかは知らんが、そんな未来があってもいいだろう」
「よくわからないけど、黒いナイフの呪いもとけたということなのか」
「そうだな、ある意味では。もう暴走することはなかろう。わかっておるだろうが、これは魔剣〈餓狼〉の片われだ。力を吸う物と吐きだす物が対になっていたところ、前者は、いまも巨人の腕に、一体化した門に刺さったままになっている。後者は、ながい年月のあいだに剣からナイフへと形を変えたが、いまも巨人と門の力を伝えてきておるのだ」
手にしていたティーカップをテーブルに置き、黒いナイフ、魔剣〈餓狼〉の片われを持ちあげてみせた。
「こいつはおまえに返してやる。魔剣の成り立ちを知り、力の源を知った者だけが適切に扱えるのだ。〈餓狼〉の使い手は、人狼とよばれていた。人に倍する力を持ち、敵を殲滅する狼のごとき戦士という意味だ。代々、王女を守る役目を果たしてきた。ひとつの時代にひとりしかいない誇り高き戦士として、その名に恥じぬ生き方をするがいい」
こうして俺は、よくわからないままに、よくわからない称号を得たのだった。それを知る者は、その場の3人だけだったけれど。




