第71話 宝玉
望みはなにかと問われ、すこし考えこみながらグレゴが応じた。
「ただ王命にしたがい、また王女を守るためにきた。望みなどなにもない」
「王命とは、なんだ」
「〈魔女と巨人〉の討伐」
「ならば、話は簡単であろう。わしの命を奪い、その証に、耳でも指でも持っていけ」
投げやりな言葉を、首を振って否定する。
「そうはいかない。自分たちのしたことだが、〈塵の王〉が消え、〈森の魔女〉が消え、さらに〈巨人〉まで消えてしまえば、やがて無思慮な連中がやってきて〈門〉に手をつけるだろう。貴方が言ったとおり、恐れなければならない」
「門を閉じることが望みか」
「……そうだな」
「一度、閉じてしまえば容易にはひらかぬぞ。そして、この世の魔力のもとが枯れていくことになる。そうなれば、おまえのような屍鬼は、いずれ己を保てなくなるだろう。それでもよいのか」
「かまわん。こうなってしまえば、幸せな未来など望めやしまい。いや、もとから、そんなものは望まず、ありもしなかったか」
皮肉な調子で自嘲しながら王女を眺めやった。そんなグレゴの様子には興味を示さず、巨人がいう。
「では、門を閉じ、巨人として討伐され、さらに謝罪と感謝を示すこととしよう」
ずるずると背中を預けながら立ちあがり、巨人が門と向かいあった。
「わしの一族はすでに無く、あまい言葉を吐く魔女も消えたようだ。これ以上、生き恥をさらす必要もない。本当は、いつでも門を閉じることはできたのだ。ただ、そうすれば、魔女も自分も、魔力の枯渇とともに消滅するに違いなく、わしはそれを恐れた」
わずかに開いた門のすきまに巨人が体をおしつけていく。岩のようなそれが、どろどろと溶けながら門と一体化していく。
「物言わぬものとなり、門を閉じてやろう」
悲しげだが、力強い声でいうと、残った手を自分の顔にもっていき、ずぶりと眼窩に差しいれて目玉をぬきとった。
それは宝石のようにかがやき、宝玉というべき大きさと丸みをおびていた。星々のうかぶ空そのものにも思えるそれは、滅びた王都で女性から託されたものに違いなかった。
「これを、わしが傷つけた娘に。巨人討伐の証であるとともに、門をひらくカギとなるだろう。もし、それを持つ者が望むならば門をあけてやると約束しよう。それまで、わしはその目を通して世界を眺めながら長い眠りにつく。もしくは、永遠の眠りに」
満足げな笑みをうかべて、残った片目をつぶる。なかばとけた巨人のからだが門と同化し、 熱い溶岩が冷え固まっていくように門のすきまを埋めていく。もれ出ていた白い霧のようなものも、目にみえて勢いを失っていった。
固まっていく巨人をながめながら、暗黒神官が狂戦士に宝玉を手渡した。かたわらでは、王女が気を失ったまま寝かされている。
「ラキ、王女をつれて立ち去れ」
感情のこもらない声でグレゴがいう。
「あんたはどうするんだい?」
「ふん、こんな姿で人の世にもどれるものか。これからさき、肉はくさり、かみは抜け落ち、屍鬼として、さぞかし美しい化け物となるだろう。この世の魔力が枯れ果てるまで、巨人の代わりに〈門〉を守りながら朽ちていくことにしよう」
「な、なら……」
と、アーが口をはさんだ。「な、なら、ア、アーも」
「どうするというのだ。貴様の死霊魔術が無意識に作用した結果かもしれんが、油断し、ぶざまにも叩きつぶされたのは自分の責任だ。まきこむつもりはない。ラキたちと大陸へ行け」
「い、いやデス。ア、アーは残ります」
「バカなことを……。だが、どうしてもというなら、魔女の森へ行くがいい。そこで露払いでもすればよかろう。それに飽きたら、どこへでも行け。やっと穴ぐらを出たのだ。こんな死体と、おかしな土地に縛られる必要はない」




