第69話 顔半分
ふとい柱のような巨人の手を、細剣の刺突が襲う。
しかし、一撃ごとに金属的な音がひびき、ソフィアが引き戻したときには刀身が根本からへし折れていた。
無傷のまま伸びた手が、ソフィアを……一見したところは……やさしく握りしめる。巨大な五指につかまれて身動きのとれない王女さまが、大男に握りしめられたウサギのようにやわらかくつぶされていく。
ごきごきと嫌な音がした。
もちろん、だまって見ていたわけじゃない。俺とレナとは弓をとり、ラキは魔剣を手に、巨人へ向かっていった。
ごつごつとした皮膚に矢が通るとも思えず、レナと呼吸をあわせて左右の目をねらい、熟練の矢は、あやまたず両目をつらぬいたはずだった。けれど、二本の矢は乾いた音をたてて弾かれていた。的を外したわけではない。たしかに命中したのに、堅い宝石に当たりでもしたかのように跳ねかえされていた。
それはラキの〈餓狼〉であっても同じだった。ソフィアを握りつぶそうとする巨人の手に何度きりつけても傷ひとつ付かない。
キン、キンと金属的な音がひびく。
そうするあいだにも、五指の輪がせばめられていき、王女の表情がゆがみ、苦悶のうめきと鮮血が口からもれだす。
巨人は、弓矢も魔剣も意に介さず、ギリギリと拳に力を込めていく。もてあそんでいるのか、意味などないのか、どこか悲しげにみえる表情に変化はない。
ただ、痛みはなくとも気には障るのだろう。 何度も矢を射こむと、巨人がその顔をこちらにむけてきた。 そして、ソフィアを握ったままの手を軽く払う。
ごう、と巻きおこった激しい風をうけて、レナやラキとともに宙を舞った。岩場に落ちても、霧のなかに落ちても、きっと無事では済まない。まるっきり虫けらのように、意味もなく、 理由もなく、必要もなく、こんなところで死ぬのか。クロ《=大魔法使い黒猫ver》のいうことなど聞かなければよかった。
と思うまに、気付くと、やわらかい、目にみえないアミのようなものに受けとめられていた。もしかして、もしかすると、まったく頼りにならない大魔法使いさまの助けなのかと思ったが、やっぱり違った。
……それは暗黒神官だった。
しっかりとした足場があるかのように、 空中に傲然とした様子で立っている。そのわきには、おっかなびっくり、こわごわとした様子のアーだ。二人が透明な階段をおりるようにして巨人のまえに立つ。
「ソフィアを離せ」
冷たい声音でグレゴが言うと、一貫して変化のなかった巨人の表情が変わり、おびえた様子であとずさった。恐れているのか、王女を握ったままの手をつきだし、左右に振りながら顔を背けている。
グレゴが戦槌を振ると、巨人の周囲に霧が寄り集まり、その太い腕にまとわりついていった。それは酸かなにかのように巨人の二の腕を溶かし、ソフィアをつかんだままの拳が、ごとりと地面に落ちた。
「グレゴ、生きていたのか」
と、まぬけな問いが口をついたが、不吉な予感があり、首を振る暗黒神官の返事は、それが的中していると告げていた。
「生きてはいない。もう、死んでいるのだ」
こちらをむいたグレゴが、そっと顔半分に手をあてる。これまで影になっていた側の頬骨がむきだしになっていた。




