第67話 門と魔力
グレゴの話で、三人の関係がよくわかった。
ソフィアとラキの仲むつまじい様子と、すこし距離をおいて二人を見守るようなグレゴの姿と。そこに少しの寂しさもあった。
ぱちぱちと焚き火が手をたたき、口をつぐんだ暗黒神官の大きなからだを照らしだしていた。すべてを理解したわけではないだろうが、ゆらめく炎をはさんで、ぽかんと口をあけたまま話に聴き入っていたアーが、はっと気づいたように口を閉じる。
その日は、それ以上、グレゴが口をひらくことはなかった。
……さて、さらに数日、不毛の地を西へ西へと向かった。次第に冥界かなにか別の世界につながっていくような不安を感じさせる。
虫や動物がまじりあっていたようなキメラじみたものは、ついには鉱物のような無機物にもみえるものと化していき、生きているとも死んでいるとも、生きていたとも死んでいたともいえないものとなっていった。
足もとには、岩とも土とも砂とも沼とも何ともいえない不定形のものがひろがり、歩くにつれて色も感触も変わってしまう。
ねばつく不安が口中にへばりついたのか、だれも口をきかない。呼吸すら危ういように思えて、最低限の空気だけを、わずかなすきまから吸いこみ、また吐きだす。
そんな壊れやすい雰囲気を無視して、にゃんにゃんと元気な様子の黒猫が一匹。
もちろん、クロ《=大魔法使い黒猫ver》である。 足もとの異様さを気にすることもなく、軽やかに歩を進めている。ネコのなかでも特に楽観的なネコに違いない。猫化した大魔法使いから返事はあるまいと思いつつ、
「たのしそうだな」
と声をかけたところ、ぴたりと立ち止まって黒猫が返事をした。
『たのしいに決まってるにゃん。……って、ちがった。たのしいわけがあるか! おそろしい。 思考がネコに染まってきておる。我は大魔法使い、我は大魔法使い、我は大魔法使い。ネコじゃない、ネコじゃない、ネコじゃにゃい』
「語尾がネコってるよ」
『にゃんと! って、バカな話は終わりにゃ』
キリがないので、つっこみたい気持ちをグッと堪えたのは言うまでもない。
『西の果てか。旅の終わりがみえてきたな』
「巨人と対峙するまえに、もどってきてくれてよかったよ。このあたりの生き物や地面は、いったいどうなっているんだ?」
『門の影響だ。向こう側の力が流れこんできたときに、ここら一帯を変えてしまったんだろうさ。魔力とはなにか、わかるか』
唐突な質問に、ちょっと考えこんでしまう。
「なんだろう。普通の人にはできないことをできる力かな」
『ふん、浅い答えだにゃ。魔力というのは、創造する力だ。この世の理を変えてしまう。門が完全にしまっていたころには、魔力をもった人間、つまり魔法使いはいなかったといわれている』
「魔力は門から流れこんできたということか」
『いや、いまも流れこんできている。この世界での「いま」だがな。もとの世界では、すでに門は閉じられ、だんだんと枯渇してきていたのさ。王国と帝国の争いにも影響したのだが、それはまあいいだろう。
創造の力は物事の垣根を破壊する。生物と無機物、生と死、者と物、自己と他者、ありとあらゆる境い目をなくし、決まりをなくし、流動化させてしまう。キメラなんてのは、なかでも低俗で下劣な部分のあらわれだ』
「門に近づくほど、ひどくなっていくのか」
『いや、そうでもない。巨人だよ。大地を支えるアトラスのように門を抑えている。ある意味では、創造と破壊に対する物の抵抗といってもいい。その周辺は、むしろ固い地盤のようになっている。だから、気をつけろよ。これまでの魔力的な戦いから、根本的に物理的な戦いになる。たとえば……』
なにか言いかけた黒猫を巨大な影が覆った。つづいて激しい音と揺れ、クロのすぐそばに巨大な岩が落ちてきたのだった。反動で空中に舞いあがり、舞い落ちた黒猫が、ひっくりかえったまま警告する。
『ほれ、こんな風に、門に近づく者を警戒してつぶしにかかってくる。せいぜい気をつけるんだにゃ。では、またにゃ』
「またにゃ、ってなんだ! ネコに戻っちまうのか。そのまま死んじまうかもしれないぞ」
との悲痛な問いかけは、まあ、なんとかなるにゃ〜、という軽い鳴き声にうちけされてしまった。もはや、完全に思考が猫化しているのではにゃいだろうか。




