第66話 暗殺2
暗殺の機会に、必ず依頼主の名をつげる。
それが自分の規則だった。絶対に依頼主は明かさないという同業者が多かったが、それは仕損じることを恐れるゆえだろう。
確実に始末すれば、死人に口はない。だから、自分は最期に必ず依頼主の名前を告知することにしていた。どんな反応があるか知りたかった。ゆたかな感情などとは無縁に育ったからなのか、どうも激しい感情に焦がれるところがあったようだ。
だいたいは、絶望か、怒りか、諦めか。
ソフィアの反応はそのどれでもなかった。依頼主は女王さま、つまり母親だ。それを告げるも、予想されるような表情をみることはできず、彼女は、
それでも母なのです!
と、こちらを見返しながら、涙目で笑みを浮かべたのだ。その表情にひきつけられて動きのとまったところへ、ラキがとびかかってきた。
魔剣も持たぬ、魔力もない、満身創痍の戦士くずれにやられることはなかったが、なぜか止めをさせずにいた。
はいつくばるラキのまえに、もう一度、王女が立ちはだかる。こちらをみあげる目には涙と決意。みじかい両手を広げて、なんとかラキを庇おうとしていた。
幸運おばけとして、つまり周囲に不運をふりまく存在として、嫉妬と悪意にさらされ、母親からも疎まれる幼な子にどうしてそんな高潔な覚悟がやどったのか。涙のかげ、微笑みのかげにある覚悟、それこそが己に欠けているもの、渇望してやまぬものだったと気づいた。手に入れたかったのは、激情ではなく、その先にある覚悟だったのだ。
暗殺を遂行する気がなくなっていた。
ゆかに投げ捨てた戦鎚が、思ったより大きな音をたてて転がった。もどる場所をなくし、自分を否定したからには、断頭台おくり必至だ。
だが、それでもいいと思った。
まるい穴に首をさしいれるとき、きっと後悔するだろう。泣きわめき、ぶざまに命ごいをするかもしれない。けれど、あのときは戦鎚を捨てることが正しいことと信じた。
それが穴ぐらの腐れ神官から暗黒神官になったとき、地下墓地を出たときだった。
予想に反して、王女は暗殺者を罰することはなく、城の地下牢に拘束されただけだった。穴ぐらから穴ぐらへ、なにも変わらない。ただ、ちがったのは、訪ねてくる者がいたことだ。牢屋では、拷問されることもなく、毎日、ラキがやってきては四方山の話をして帰っていった。
女王の依頼をうけたのが本当か探りにきているのかとおもったが、そんな話はいっこうに出ず、最後に、なぜ王女を殺さなかったのかと問われ、言ったとおりのことを話したら、牢屋のそとへ連れだされた。
穴ぐらの主人が王女の暗殺失敗に業を煮やし、近々、襲撃があるだろうという。だから、一緒に護ってくれと。
ま、あとのことは蛇足だ。
魔剣を手にしたラキとともに、後任の暗殺者を返り討ちにした。いやはや〈狂戦士〉とはよく言ったものだ。最初のときも、事前に〈餓狼〉を盗みだしてなければどうなっていたか。
その後、ものはついでとばかりに、地下墓地を壊滅させてやった。〈狂戦士〉と〈暗黒神官〉の組み合わせがあれほどしっくりくるとはな。さすがに当分は静かなものだったぞ。
そんなわけで、地下墓地を出たきっかけは王女さまなのだ。そのときから、ラキを友とし、ソフィアの護り手となった。




