第65話 暗殺1
グレゴが、なぜ地下墓地を出たのか。なかなか踏み込みにくいところを、ぐっと踏み抜いてくれた。
幼いころから言葉をうしなっていたぶん、レナには、おとなしく控えめな印象があったけれど、わりと遠慮のないところもあるらしい。
グレゴもまた意外なほど話し好きらしく、どうして地下墓地を出たのかとの問いに、よどみなく応じるのだった。
……地下墓地を出たきっかけは、王女さまだった。
そう、ソフィアだ。
正式には、ゾフィア・フォン・デア・プファルツと長ったらしい。あんなでも、一国の王女ではあるのだからな。
とはいえ、王族というのは、むなしく馬鹿ばかしいかぎりの連中だぞ。
権力などという空虚なもののために、親兄弟も関係なく、むしろ親兄弟だからこそ、骨肉相食む。依頼された暗殺の多くは身内同士であったな。
そのうちのひとつが、ソフィアを名指ししたものだった。
殺す者と殺される者、それで終わるはずのところ、そうはならなかった。ラキが護っていたのだ。暗殺に失敗したのは、そのときが初めてで、そして最後だ。
ラキは、北方の辺境の出だ。
飄々とした男だが、雪深い国の気質なのか、頑固で忍耐強いところもある。くわしいことは知らんが、伝統と因習にしばられた一族に反発し、魔剣〈餓狼〉を奪って逃げたらしい。その後は傭兵として各地を転々としていたのが、武功を認められ、王国付きの剣術師範となり、幼い王女の指導兼護衛にあたるようになった。
そこで厳しく稽古をつけ、などということはなかったのだろうな。あるいは人の温もりを知らされたのか。ソフィアのあまえぶりをみればわかるだろう。父親代わり、兄代わりのような存在だったに違いない。
たがいに欠けたものを埋めあうような。
だからなのか。王女の暗殺に出向いた際、死を賭して守ろうとする狂戦士のすがたに感じるところがあったのだ。
自身も含めて、人間を道具としかみない考えとは、あいいれぬものだった。
王女の死を確実なものにするため、事前に〈餓狼〉を盗みだしてあったから、そのときのラキは、ちょっとばかり腕の立つ護衛でしかなかった。にもかかわらず、しつこく立ち向かってくるのは驚異だったな。
思わず、逃げないのかと問いかけていた。
それまでも、忠誠か、義務か、契約か、報酬か、さまざまな理由で抵抗する者たちはいたが、そのどれとも違うような気がして不思議だった。ラキは困惑した様子だったが、なぜ抗うのかと重ねて問いかけると、自分がそうしたいからだと応じた。
穴ぐら生まれの自分には理解できなかった。
だれかに命じられたことをする。我が国のためにならぬ人物を排除する。未来のために手を汚すことを恐れるなと育てられた道具に、己の意思など無用だった。
今度はこちらが困惑することになった。
穴ぐらの教えを否定する男をはやく排除しなければならない。とどめをさすべく、戦鎚を振りあげ、横薙ぎに振りおろした。
そのとき、王女が走りこんできた。告知を終えていなかったから力をゆるめたが、それでも、まだ子どものソフィアは壁ぎわまで吹きとび、その場にくずれおちた。
やがて幸運おばけとも呼ばれることになる力は生まれもっての魔力に左右され、強い魔力をもつ相手にはさほどの効き目はない。とはいえ、多少の効き目はあり、派手に宙を舞ったわりに、大きなケガはなかったがな。




