第64話 地下墓地
「ご、ごめんなさいデス」
こんどは、なぜかあやまる野良魔女だった。えらそうに己の役立たずぶりを宣言した暗黒神官とは対照的である。そのグレゴが、首をかしげて問いかける。
「なぜ、あやまる?」
「ア、アーちゃんの判断が、お、おそかったせいデス。す、すぐに死霊魔術を使っていれば……」
「思いあがるなよ、野良魔女めが。こちらの判断があまかっただけだ」
などと鼻を鳴らして黙りこんだが、ふと思いだしたようにして言う。
「そんなことより、貴様は大丈夫なのか。なにもおかしなところはないか」
キョトンとした様子のアーをみて、めずらしく狼狽したように早口でまくしたてる。
「森の魔女の呪いだぞ。なにが起きるかわかったものではない。肉体か精神か、あるいはその両方か。気になることがあればすぐに言え」
「は、はい。あ、ありがとうデス」
「なにがありがとうだ」
「だって、き、きにかけてくれて……」
「あほうめが。そんなわけがあるか。この探索行がうまくいくように願っているだけだ。死霊魔術師は貴重だからな」
「そ、そうデスか」
あからさまに気を落としたようなアーの様子を知ってか知らずか、固い干し肉を咀嚼し、ごくりと飲みこむと、だれに話すともなく、グレゴが口をひらいた。
「おなじように穴ぐらで育った」
照れたような、戸惑ったような声だ。だれのことを話しているのか、だれにむかって話しているのか、よくわからない。みなで顔を見合わせていると、自分の話なのだという。
「いまでこそ、なにものにも仕えぬ暗黒神官として自由をえたが、もともと地下墓地で育てられた腐れ神官だった。
来る日も来る日も、学問と魔術の修得に勤めさせられた。物心ついたときから、いや、おそらくは生まれたときから、外の世界とへだてられており、それがあたりまえだった。
教会のもつ知識や技能を次の世代へ伝えるためだけの道具だ。ときおり、権力争いのためにも使われはしたがな。
蔵書、学問、歴史、暗誦、あいまに便利な道具として。魔術をつかった拷問、強制回復、暗殺。いいように使われるだけの意思のない道具だ。そのように育てられたのだから仕方ないとしても、まさに生ける屍だった。
人を人たらしめるものは、その意思だ。いかなることであれ、おのれの意思でなすことならば尊重しよう。選択と覚悟、それなしには人も動物と変わらない」
だからこそ、と、言葉をきってアーをみる。
「だからこそ、自分で道を選ぶ者には敬意を表する。貴様もまた、穴ぐらに生き、灰色の土地に生き、それでも先へ進もうとしている。暗黒神官として、神は信じぬが、生きようとする意思を信じよう」
ぽつりと言う横顔が、あたりを包みはじめた夜のなかにうかびあがる。燃え尽きた細い枝が、ことりと音をたててくずれた。
星と焚き火だけがあかるく、広大な荒れ地は暗くそめあげられていた。
すわりこんだグレゴのひとみは、あかるい炎かくらい大地か、どちらを映しているのだろう。だまったまま、生まれそだった穴ぐらを思いだしているのかもしれなかった。
アーも黙ったまま口をひらかないでいる。
それぞれの穴ぐらを思いだしているのかもしれない。呪われた野良魔女として、アーは祠の檻で育てられたという。あげくのはてに、〈塵の王〉への供物として捧げられたのだ。
では、グレゴはどうなのだろう。地下墓地で育てられ、教会の知識や技能を伝えるための道具としかみなされていなかった。そんな立場から、どうやって自由になったのだろう。なぜ地下墓地を出ることになったのだろう。聞いてはみたかったが、だまりこんだグレゴに問いかけるのも気がひける。と、思っていたところ、レナがさらりと聞いてくれた。
「グレゴさんは、どうして地下墓地を出たのですか」




