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第62話 軟体動物


「こっちよ!」


 レナの声に、グレゴのもとへ伸ばされていた、しろくしなやかな手の動きがとまった。つづけて、不自然なほど素早く、くるりと向きを変えるのだった。


 〈首のない夜会服の女〉がそうしたのは、レナが〈生首〉をささげもっていたからだろう。自分の首を守るときには、ちょっと信じられないほどの反応をみせる。


 気丈にふるまいながら、レナの声と手は震えていた。魔女の首をつきだしたまま逃げることも戦うこともできないでいる。

 〈首のない夜会服の女〉が動きだすのと俺が動きだすのとほとんど同時だったが、どれだけ早く駆けつけようとしても、これでは間に合わないと分かっていた。

 しろくしなやかな手が伸びていくのが見え、首もとをつかまれ、もちあげられたレナが、苦しげな表情でならの木に変わっていく。やめろ、やめろ、やめろ、


「やめろ!」


 ようやく〈首のない夜会服の女〉に追いつき、俺は覚悟を決めて〈餓狼がろう〉を振るった。魔剣が喰われてしまっても、もとの世界へ戻れなくなっても、それでも。


 だが、魔剣は届かなかった。


 片手でレナをもちあげたまま振りむいた別の手に、のどをつかまれていた。魔剣を振るおうとするそのままの姿勢で、からだが固まっていく。しろくしなやかな手から解放されたときには、もう一歩も動けなかった。


 〈首のない夜会服の女〉は、グレゴと、その介抱をしていたアーのもとへ向かって歩いていく。ふさがっていく視界の端で、なにかが動いた。それは、ひなたぼっこに命をかける軟体動物、基本的に楽観動物でもある黒猫だ。


 レナの手から転がりおちた〈生首〉の髪をくわえて運んでいたのだ。動物を標的とすることはないのか、〈首のない夜会服の女〉がクロ《=大魔法使い黒猫ver》を襲うことはなく、その動きも緩慢かんまんなものとなっていた。


 そうして、魔女の首をアーの足もとへ。


 ふらふらと近づいてくる〈首のない夜会服の女〉をまえに、アーが顔をあげた。その顔には固い決意があらわれていたが、足もとの〈生首〉へ手を伸ばしたところへ、グレゴが声をかけた。まだ立ちあがれないままだ。


「愚か者め! やめておけ」


「い、いえ、せ、選択肢はひとつデス。や、やり、やります。はい」


「では、こちらへ手を伸ばせ。いくらかでも引き受けてやる。膨大な魔力と呪いだ。野良魔女だろうと、ひとりで耐えられるとおもうな」


「はい」


 ほほえみながらうなずき、アーは片手をグレゴの肩に、残る手で〈生首〉を抱きあげると、そのくちびるに口付けをした。


 〈首のない夜会服の女〉が襲いかかるより一瞬はやく、死霊魔術ネクロマンシーが成就し、その動きをとめる。


 白目をむいた〈生首〉のまぶたをそっと閉じ、アーがなにごとかつぶやくと、魔女の首と体とがちりとなり、ひかりの粒子となって日差しにとけていった。


 俺もレナも身体の自由をとりもどし、ソフィアとラキもまた、もとの姿にもどった。

 しかし、うごめいていた森の木々すべてがもとに戻ったわけではなかった。にゃごにゃごと黒猫が足もとにすりよってくる。


『木になっていた時間が長すぎたのさ。いつかまた気がむけば、もとに戻せるように研究してやろうじゃないか』


「ふぅん、あんたの城で眠っていた人たちがそれじゃないのか?」


『さあにゃあ〜』


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