第61話 遺贈
グレゴが女神像の槍先から下ろした〈生首〉は、こめかみをピクピクさせながら歯を食いしばり、目をみひらいていた。
ひひ、ひひひ、いひ、うひひ、と狂気じみた笑い声がくちもとからもれている。
「うひ、ひひひ、さぁ、さぁ、はやく」
はやく、はやく、と、死霊魔術で不死の呪いから解放するようにせまっていた。無造作に〈生首〉をぶらさげたグレゴに、死霊魔術師たるアーが近づいてゆく。屍鬼と化した魔女の首と体とを永遠に眠らせるために。
ひひ、ひひひひ、笑い声が耳にのこる。
アーが〈生首〉を両手に挟みこみ、そのくちびるに口付けをしようとしたとき、
「待て!」
とグレゴが押しとどめた。魔女の首をもちあげ、目の高さにもって問う。
「術者に負担はないのだろうな?」
「ない、ないないない。ひひ、からだが戻ってくる。戻ってくる。ひひひ、おしまいだ。おしまいだ。はやくしろぉ」
「術者への影響は?」
「知るか! はやくしろ。はやく! いや、いや、いや、ちがう、ひひ、ひひひ、ちがうぞ。そうだ。おれの魔力がひきつがれる。贈答だ。遺贈だ。祝福だ。ああ、幸福だぁ」
ひひ、ひひひ、と、病的な笑い声をあげる〈生首〉をグレゴが激しくゆさぶる。
「正直にいえ! ひきつがれるのは魔力だけではなかろう。望まぬ不死性、あるいは狂気を押しつけられるのではないのか」
「そうだ! え、永遠、永遠性だぁ。ひひ、うひひひ、いひひ、くそ、くそ、くそ! はやくしろ、はやく、はやくしれ、しろ、したか。だ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。のろわれろ、のろわれろ、のろわれろ。のぞみをかなえてやる。かなえてやるぞ。ゆがませてやる、ゆがませてやるぞ。ひひ、ひひひひ、こわれている、おまえたちの言葉は、こわれているぞ。ひ、ひとの気持ち、想い、ことば、すべて、すべて壊れている。嫌悪、好意、愛情、憎しみ、めにみえないものは、ひひ、うひひひ。のろいだ。呪縛だ。狂気の酒だ。盲目だ、盲目だ、盲目だ。なにもかも犠牲にするがいい。ひひ、ひひひひ」
ひときわ大きな笑い声をたてると、〈生首〉は、ぐるりと白目をむいてしまった。意識を保っているあいだは消えていた狂気じみた笑い声が、のどのおくからもれ響いている。
そして、入れ替わりのように、〈首のない夜会服の女〉がもどってきた。
自分のものであった首を守ろうとする本能なのか、一直線に、〈生首〉をぶらさげたグレゴにむかって突撃してくる。
およそ人の走る速さではなく、獲物をみつけた獣のそれだった。ぽいと〈生首〉を背後に放り捨て、グレゴが棒切れのようになった戦鎚をかまえる。
「アー、さがっていろ。その首に死霊魔術など使うなよ。なにが起こるかわからんからな」
いっきに距離をつめてきた〈首のない夜会服の女〉が、グレゴを襲撃する。
身を守る必要も意識もない突進はやっかいきわまりないが、それを黙ってみている義理もない。レナの放った一矢が左足をつらぬき、わずかにバランスをくずした瞬間を狙って、銀の義足で真横から蹴りとばしてやった。〈首のない夜会服の女〉は、そのまま派手な音をたてながら倒れこみ、花びらを舞わせ、東屋の柱をへし折ってようやく止まった。
もちろん、これで倒したなどと思ったわけではなかったが、ひとまず突進をおさえ、ふっと息をはいたときには、そいつはもう起きあがり、アーに襲いかかっていた。
のばされたしろくしなやかな手を、わって入ったグレゴが弾く。しかし、はじかれた反動そのままに、その手がグレゴの首もとをねらって迫り、構えた戦鎚の残骸ごと吹きとばした。グレゴの巨体が面白いほど軽々と宙を舞い、中庭の花園へと落ちていく。げふっ、とせきこむ声が聞こえ、生きてはいるようだったけれど、立ちあがる気配もなかった。
〈首のない夜会服の女〉が、花でもつむように優雅なあしどりでグレゴに近づいてゆき、ゆっくりと手をのばす。




