第60話 選択肢
ひひ、おれはもう死んでるんだ。
そう話す森の魔女は、あまり時間がないという。まともに話ができるのは限られた時間だけらしく、一方的に話しつづけた。
ひひ、いいか、そのうちおれの言うことがおかしくなってくるだろう。支離滅裂なものになってきたら気をつけろ。気が狂ったように笑いはじめたらもうダメだ。おれは、もう壊れているのさ。うひひ。
ここからさらに西へすすめば門がある。
おれの片われである巨人が守っているはずだ。門をではない。門をひらいてなかへ入ろうとする愚か者どもをだ。先代の守人がもっとしっかりしていれば、おれもこんなことにはならなかったんだがなぁ。
おれは守人に仕える一族のひとりだった。
しかし、好奇心が猫を殺すとはよくいったもので、おれは守人をたぶらかし、門をあけさせてしまった。ほんの少しのぞいただけだったが、おれの心もからだも、そのとき壊れてしまったのだ。
門の向こうは人が訪れるべき場所ではない。からだか、あるいは、こころがゆがめられる。まげられた、のろわれた、こわされた。
いまのおれには、あの地に人をちかづけてはならないという強烈な後悔と意志だけがのこっている。自分の名前はわすれた、処刑されてからどれだけの時がたったのかもわすれた。
肉体の変化は、断頭台で首をたちきられた瞬間に起きた。首とからだとが、それぞれ別々に屍鬼となった。永遠の生命とはほど遠い、永遠の死者となったのさ。
こなごなに砕かれようと、焼かれようと、切り刻まれようと、この首とあのからだとは執拗に再生する。首は動けぬし、からだは考えぬがね。もちろん、あのからだを意のままにあやつるようなこともできない。できるのは、せいぜいすこしのあいだ抑えておくことくらいだ。だから、あれは、おれのからだであって、おれのからだではないのさぁ。
この城を治めていた領主も、家来も、領民も、だれもが楢の木に変わり、いつの日からか、おれは女神像の槍につらぬかれたまま放置され、あのからだは周囲を徘徊しながら、森への侵入者をおそうようになった。やがて、歳月をかさね、森はより大きくなり、魔女の森とよばれるようになり、入りこんでくる者もすくなくなった。
みずから望んだことだ。それを別れたからだが律儀にこなしつづけているのだろう。西の地へはだれも向かわせないと。おれやあいつのような者を二度とださないために。
ああ、だが、なんという孤独だろう。なんという責め苦だろう。終わりのない終わりとは再生する肝臓のようなものだ。ひひ、屍鬼となってよりこのかた、おれのこころは壊れつづけている。ひたすら笑いつづける狂気のときが増え、1日のうち、わずかな時間だけ思考がもどってくる。自分というものを感じるのは、そのときだけだが、本当に日に一度なのかも最近ではわからなくなってきた。狂気のあいだ、ここに存在しているのかどうか、なにをしているのかさえ。
ひひ、ああ、だめだ。そろそろ俺の時間がおわる。おわる、おわる、おわる。ひひひ、うひひひ。もう戻ってこれないかもしれない。いやだ、いやだ、こんなふうな終わりはいやだ。おれたちを永遠に眠らせられるのは死霊魔術師だけだ。そこにいるのだろう? ブガンに探させていたんだ。いるはずだ。ゆめでなければ、みつけたと報告、報告、報告があった。あった、あった。なにが?
ひひ、うひひ、ああ、はやく、はやくしろ。はやくしてくれ。こ、言葉がうしなわれる。思考が停止する。
死霊魔術師なら、おれをとめることができるはず。
はやくしろ、は、はやく、しないと、からだがもどってくるぞ。おれにはとめられない。死霊魔術で、おれの魔力をすいとり、のろわしい肉から解放してくれ。
いそげ、いそげよ、ひひ、ひひひ、もう意識がとびはじめた。ひひひ、笑い声がとめられない。ひひひひひひひひひ。なにを迷っている。そこの娘、おまえがそうなんだろう。もう、からだが動きはじめている。
さあ、えらべ! ここで森の一部になるか、おれたちを解放するかだ。ひひ、ひひひひひひ、さぁ、さぁ、さぁ、なにを迷うことがある。ひひ、ひひひひひひ、選択肢はひとつ。そうだろ、ひとつだろうがぁ!




