第5話 狩人
気付くと、ベッドのうえだった。
そまつな小屋のなかで、むせるようなケモノのにおいがしていた。全身がきしみ、ひどい痛みだったが、気分はわるくなかった。
あちこちのケガも、ていねいに手当てされていて、ここが屍肉あさりとは関係のない場所だと確信した。追手の連中はどうしたのだろう。ゲドウは俺のことをあきらめたのだろうか。それとも、死んだとおもわれたのか。
胸の傷がどうなったのか手をあてたけれど、そこにはなんの跡もなかった。
疑問を残したまま、室内の様子をうかがう。
梁からさげられた深鍋が炉にかけられ、いい匂いがしている。動物の毛皮や骨が目につき、狩人の住みかなのだろうとおもえた。もしかしたら、あの子をおいてきた仮小屋かもしれない。いったいどれくらいのあいだ眠っていたのだろう。小屋主は何者で、なぜ俺をたすけたのだろう。
動くに動けないからだをいたわりながら、ベッドに半身を起こして炉中の火をながめていると、やっと生きのびた実感がわいてきた。
ぱちぱちと火のはぜる音に、そとから人の声がまじり、ひらいた扉から軽快な足音がつづいた。そして不意にとまる。俺のすがたが目に入ったのだろう。あまり歓迎されているとはおもえない視線がなげかけられている。
小屋の入口に立っていたのは、同じ年くらいの少女だった。はっと息をのむようにして、一緒にいた幼子をかばう。仮小屋に捨ててきたあの子だ。少女のうしろに立って、こわごわのぞきこむようにしている。
そちらを見返そうとしたが、ダン!と少女がわってはいり、にらみつけてきた。きっと美人になるだろう整った顔つき……たしかにそうなるのだけれど……気の強そうな目もとと、そこにあらわれた露骨な嫌悪感が印象的だった。
少女は、くるりとむきを変えて外へでた。
あとを追うように、あの子も出ていったが、とびらが閉まるまえに、ふりかえって、にこりと笑ってくれた。外套にくるまりながら寝顔をながめていたときのように、ふしぎな安堵感があった。
そのあとは、少女の父親らしき狩人から淡々と問いかけられ、淡々と答えた。仮小屋の持ち主で、タギと名乗り、じっと射るような視線でみつめてくる。
「屍肉あさりか?」
なにより気になっていたのだろう。最初の質問はそれだった。屍肉あさりというだけで忌み嫌われる。小屋を追いだされるかもしれないが、ウソをついてもばれるだろう。しかたなく、うなずいたところへ、
「銀貨もあさったんだな?」
と追い討ちのようにたずねられた。否定せず、だまっていると、あの子を呼びよせ、
「ふるい外套と一緒に、なんまいもの銀貨が残されていた。妹なのか」
と問われた。どう答えたものか迷っていると、つづけて名前をきかれ、自分の名前はこたえたが、あの子の名前はこたえようがなかった。知らないのだ。なにしろ、そのときやっと女の子だと知ったくらいなのだから。
沈黙がつづくなか、あの子が走りよってくると、なにを思ったか、俺に抱きついてきた。体中が痛みで悲鳴をあげるけれど、それ以上に、何年ぶりかに人に抱きしめられたことをおもった。むらさきがかった髪をなでながら……赤子も幼子も、意外なほど世界をみているものさ……と、この子を託されたときのことを思いだしていた。いつか、自分の親を思いだすこともあるのだろうか。
そんな俺の様子をみながら、タギがすこし考えこむようにして言った。
「呼び名がなくては不便だな。おまえの名前はジュだったか。なら、この子のことはレナと呼ぶことにしよう」
続けて、不満げに成りゆきを見守っていた少女にむきなおる。
「リップ、話は終わりだ。ばばさまを……」
「こんなやつ、みてもらうことないよ!」
リップと呼ばれた少女は、うでをくんだまま小屋からでていこうとしない。それをタギは、非難するでなく、声をあげるでなく、じっとみつめるのだった。やがて、リップは、ぷいと横をむき、わかったよ、と外へでていった。
「すまんな」
さきほどまで俺がしていたように、炉中の火をながめながらいう。「屍肉あさりが嫌いなのだよ」
「屍肉あさりが好きな人はいない。なんなら、俺だって嫌いだ」
「そうだな」
ははっ、と短くわらう。その後、いっしょに暮らすようになっても、なかなか聞く機会のないタギのわらい声だった。




