第44話 墓標
「さて、そろそろ飽きてきましたな」
連日、自分たちの訪問をうけてきたブガンが、ぽつりとつぶやく。
「ふふ、それで? どうするのです?」
にっこりと問いかけながら、ソフィアが味のない紅茶を口にする。ざざざざざ、塵の塊がその眼前に迫り、
「あなたがたか、私か、どちらかが消える。あなたがたは魔女を討伐したい、私は魔女の下僕として、あなたがたを抹殺せねばならない。相容れないのですよ」
「だから、戦うのですか?」
ざざざざざ、塵の塊がうなずくように音をたてた。さそうような音を無視して、ソフィアがティーカップをソーサーに置くと、陶器のふれあう乾いた音がした。
「あなたは、ほんとうにそうしたいのですか? 魔女の下僕? ほんとうですか? あなたは人間だったのでしょう?」
「どこでそんな話を聞いてきたのかしりませんが、私は、魔女の命令には逆らえないのです。かつては人間だったなにか。それも、そのことを思いだすこともできないもの。私は、この土地そのものであり、ここを離れることもできません」
「しかし、選択することはできます。えらべる道はすくないとしても。あなたは、わたしたちをすぐに殺さなかった。いくらわたしの魔力量が多くても、本気をだせば、やれないわけがない。それなのに、そのままにしている。アーちゃんを手元においているように!」
「あてこすりはやめなさい。私は否定する者。なにものとも相容れないのですから」
「ふふ、ほんとうは気付いているのではありませんか。選択すべきときがいたり、選択すべきは自分なのだと。人間の本質は見ためなどではない。選択にあります!」
「議論は無意味ですな」
ざざざざ、塵の塊が渦をまき、窓のそとへむかった。
さあ、こちらへ。
との声をきいて、ソフィアは、ちらりとアーをみると、意味ありげな笑みをうかべながら立ちあがった。
屋敷の裏側には、はるか遠く荒れ地をみとおせるテラスが設けられている。精気をすいとられた身には、そこまで降りていくだけでも、ひと苦労だ。アーとソフィアは、まだ余裕があるようにみえたが、レナと自分とは、たがいに支えあいながら階段をたどった。
ちなみに、クロ《=大魔法使い黒猫ver》は、ちゃっかりアーに抱かれて運ばれていた。楽をしやがって、と思うが、クロ=大魔法使い=アーなのだとすると自分で歩いていると言えなくもない。
ざざざざざざざざざざざざざざ、無数の虫の羽音のような不快な音が聞こえていた。
不吉な予感を胸に、テラスへでると、そこには竜巻きのようなブガンのすがたがあった。屋敷のそと、荒れ地から、続々と塵が寄り集まってきていた。
屋敷の裏側は墓地になっていて、一本杭の墓標がいくつも無造作に突き立てられている。これまで屋敷へ運ばれてきた供物たる人々の成れの果てだ。
頭上をみあげながら、ソフィアがよく通る声でブガンによびかけた。
「ここをあなたの最期の地に選ぶのですね?」
「ばかな。あなたがたの最期の地ですよ。そして、死体を運ぶ手間がいらないように」
「アーちゃんの死霊魔術なら、なにほどのこともないでしょうに。この墓標は、だれが、なんのために立てたのです?」
「……話は終わりです」
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ、塵の塊が風のように疾り、ソフィアを包みこむようにして吹きぬけた。
そのあとには、ひざをついたソフィアのすがたがあり、ぜいぜいとあらい息をしていた。
「ほう、この〈塵の王〉の抱擁をうけて、まだ息をしているとは。それだけでも賞賛に値しますな」
「あ、あなたには、まだ自由が残されています。ゾフィア・フォン・デア・プファルツの名において、その選択を尊重すると誓います!」
「そのような有り様でも誇りを失わないことには敬意を表します。ですが、力なき者の誓いなど、なにほどの意味があるでしょう」
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ、と、さらに四方から塵が集まり、〈塵の王〉が膨れあがっていく。




