第43話 カラス
部屋に飛び込んできたのは、一匹の大きなカラスだった。その黒さはうすれ、つやもなく色あせてしまっており、錐揉みするように床に落ち、つきだした脚を二三度、痙攣させたと思うと動かなくなった。
「こ、これは、な、なんという鳥で、デスか」
「カラスよ。でも、死んでるわ」
ぼそりとレナがいうのを聞いて、アーがうれしそうな顔をみせた。
「し、死んでるのデスね。じゃ、じゃあ、ア、アーちゃんの、で、出番デス」
ためらいなくカラスの死体を拾いあげ、そのクチバシにキスをする。そっと床におかれたそれがピクリと身動ぎし、一瞬だけ首を持ちあげ、カァ!と鳴いて倒れた。
「ど、ど、ど、どうデスか。アーちゃんの、ね、ね、ね、ネ、死霊魔術は、し、死体に、か、語らせるのデス」
「狂戦士」
「え? な、なんデスか」
「カラスさんの言葉がわかったの。狂戦士って、それだけ」
「ア、ア、アーちゃんは、ひ、人の死体の、こ、言葉なら、わ、わかります、けど、と、鳥の、こ、言葉は、わ、わかりません。バ、バー、バーサーカーって、なんデスか」
獰猛な戦士のことですよ、と、レナではなく、ソフィアが応じた。カラスの死体をつまみあげ、指さきにぶらさげながら、
「オオカミの皮をまとった戦士ともいいますね。血に狂った危険な戦士とされ、その鬼神の如き強さは、ほかに例をみないものです。自分の身すらかえりみず、ただ敵を殲滅する。のろわれた戦士、戦えば戦うほど味方からも恐れられ、忌避されるのです!」
「あ、あの、あ、あ……」
「どうかしましたか。アーちゃん?」
にっこりと笑いかけられるも、年上のソフィアを前にして緊張するらしく、なかなか言葉がでない様子のアーだったが、不意に、あっ! と声をあげた。カラスの死体が羽ばたき、鋭いカギツメで、ソフィアに襲いかかったのだ。
しかし、スッ、と空気を裂く音がひびき、つぎの瞬間には、カラスの死体はソフィアの細剣に串刺しにされていた。まさに目にも止まらぬ早業だ。
つづけて死体を振り捨てる。
床に落ちたそれは、しかし、再び身を起こして羽ばたき、ソフィアに向かっていった。
しずかに細剣を構えていた彼女は、するどい突きを連続で放ち、と、と、と、と、かるく打ちこむようでありながら、羽ばたきのあいまにカラスの体を削りとり、粉々に突き砕いてしまった。
「ふぅ、びっくりしましたね!」
細剣をおさめ、ひたいの汗をぬぐうような素振りをする。「しかし、わたしも幸運だけで生きてきたわけではないのです。邪魔するものは粉微塵に砕いてくれましょう!」
「粉微塵にね。心強い限りだけど、もともと塵になっちまってるやつはどうするんだ?」
「おや、ジュくん。起きていたんですね。だいぶ衰弱しているようで心配していたのですよ。そして、たしかに〈塵の王〉に細剣など効かないでしょう!」
と、ほほえみ、粉々になったカラスの死体を剣先から払った。
「もうすこし待ってください。カラスも、カラスの予言も、もうすぐ助けがくることを教えてくれています。狂戦士と暗黒神官ですけどね!」
「……どっちも、やばそうだけど?」
「はい! やばいです!」
と、にっこり笑うソフィアだった。




