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第41話 食事と寝床


 夜。


 アーが用意してくれた食事は、まるで味気あじけないものだった。銀製の食器はくすみ、かがやきもなく、パンも肉も、いろどりというもののない灰のかたまりのようで、ひとくちごとに水で流しこまなければならないのだ。


『まったく、ひどいもんだ』


 クロが舌をつきだしながら不満をもらす。


『ガレー船の奴隷どれいでも、もう少しマシなものを食べてるだろうさ』


「むしろ、食べても大丈夫なのか」


『だいじょうぶさ。味がないだけだ』


 アーだって食べてるだろう? と言われて、やせた少女のほうをみると、もぐもぐと黙って口を動かしていた。からだつきのせいで幼くみえるが、レナと同じくらいの年らしい。


 こちらの視線に気付いたのか、食事の手を止めて軽く頭をさげた。


「お、おいしく、ない、デスよね」


「え、いや、まあ……」


「おいしくないですね!」


 と、元気よく返事したのはソフィアだ。その言葉とは裏腹に、てきぱきと手を動かして食事を口に運んでいた。


「〈ちりの王〉なんて、たいしたことないと思っていましたが、食事すら、文字どおり味気あじけないものにしてしまうなんて、おそれいったりなのです!」


「それってどういうことなの?」


 ひかえめに問うレナに、おや? と不思議ふしぎそうな表情で応じる。


「おやおや、レナちゃんは御存ごぞんじなかったのですね。〈ちりの王〉ことブガンは、魔女の眷属けんぞくなのです。

 ここに来るまで、生き物のいない荒れ地を通ってきたでしょう? それに、ブガンのまえに立ったとき、全身の力が抜けて倒れそうになりましたよね? あれは周囲の物の精気をすいとっているのです。生命力でも、魔力でも、どう言っても構いませんけどね!」


 で、と、フォークで俺をしながら言う。


「で、ふつうの人間であれば、ジュくんのように、ポックリいっちゃうわけです!」


「勝手に殺すな」


 しかし、ソフィアやレナがポックリいかなかったのはなぜなのだろう。


 それはだな、と、前足をめながらクロがいう。そのうち本物のネコになってしまうのではなかろうか。


『それはだな、もとの魔力量がちがうのさ。おまえは、呪いのナイフなしではただの人だが、ソフィアやレナは神話の時代からつづく王族、古代には神官か巫女みこか、そんな家系だし、アーは野良魔女だからな』


 野良魔女? てっきり偉大なる大魔法使いとでも言うかと思ったが。俺は、黒猫をみて、つぎにアーをみた。人の視線に敏感なのか、こちらに気付いて身をすくめている。この内気な少女が大魔法使いと同一人物とは、


「信じられないなぁ」


『なにがだ』


「あのひかえめで華奢きゃしゃな少女が、わかき日の大魔法使いさまとはね」


『ちょっぴり、おとなしかったかのう』


「時の流れは残酷だ」


『どういう意味じゃ!』


「ところで、アーというのは本名なの?」


『……さあな。我がおぼえていたのは、アーの部分だけだ。アーシェスか、アーニャか、あるいはアーネか。ブガンのもとへ送られるまで、アーとしか呼ばれなかったからな。幼いころ、たぶん母親によばれていた名前を、すこしだけおぼえていたのさ』


「あまり聞かないほうが良かったかな」


『かまわんよ。我ほど偉大な人物ともなると、称号がそのまま呼び名になるものさ。この世にならぶ者なき一人ならば、名前などいらない。そういうことだ』


 強気な言葉とは裏腹に、どこか弱さをふくんだ響きがあり、それ以上、過去をたずねるのは気がひけた。


 食事を終え、その日は寝床にはいった。


 寝台も寝具もすべて、ほかの調度品同様、精気のない灰のようで、そのまま眠りにみこまれてしまいそうだった。

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