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第40話 アー


 牢馬車のとびらをあけたのは、化け物ではなかった。


 空や土とおなじくせた灰色の服を着た少女だ。超絶美少女とまでいうのはどうかと思うが、ととのった顔立ちがやせたからだと不思議と調和して人を惹きつける。これが若き日の大魔法使い、少女アーだった。


 あたりの空気とおなじく表情のない少女が、無言で俺たちの手かせと足かせを外す。


 おお、ありがとうございます! と、ソフィアがあかるくお礼をいうが、少女はなにも答えない。反応すらせず、機械仕掛けの人形かなにかのようで、まるで生気がない。

 ただ、俺たちが馬車からおりるのを、だまって待っていた。馬車をかこむように立つ罪喰つみくいたちを怖れるようすもなく、その顔に感情はみえない。


 全員が馬車からおりると、不意に男の声がして、それまで無表情だった少女が、一瞬、びくりと肩をふるわせた。


「ようこそ」


 なにもない空中から声がする。


わたくしの屋敷へようこそ。歓迎しますよ、レディー。おかわいそうに。その美しい、むらさきの髪ゆえに街から追放され、この屋敷へ送られたのでしょう。あいらしいお嬢さんに、お坊ちゃん。だれひとり泣きわめきもしないというのは、すばらしい」


 ぱちぱちぱち、と手をたたく音に続いて、アー、と少女の名前を呼ぶ。


「さあ、みなさんを中へ案内しなさい」


「はい」


 アーが、ついてくるように身振りで示す。罪喰つみくいたちのあいだに、ふれれば壊れそうな華奢きゃしゃな少女が立っている光景は奇妙なものだった。ああ、そうそう、と男の声が聞こえる。


「くれぐれも逃げだそうなどと考えないことです。アーに人質の価値はありませんし、まわりの荒れ地へ足をつけた人間は、すぐに精気をうしなってちりとなります。おとなしく従うなら、わたくしの退屈しのぎとして、しばらくは生き延びられるでしょう」


「ふふ、逃げたりしませんよ!」


 もう一度、ぐっと伸びをしながらソフィアが応じた。


「あなたに会いたくて来たのですから。ながれまかせで寝ているうちに着くなんて、やっぱりわたしはラッキーですね!」


「ほう、わたくしを〈ちりの王〉と知って会いにきたというのですか」


「そうです。王とは名ばかり、魔女の門番にすぎないそうですね!」


「だとしたら?」


「わたしは、魔女と巨人を討伐するために来たのです。邪魔さえしなければ見逃みのがしてあげてもいいですよ!」


「……世間知らずにもほどがあります。ですが、ちょうど退屈していたところです。すこし、おしゃべりでもいたしましょうか」


 アーの先導で邸内にはいり、ホールを抜けて階段をのぼっていく。調度品、絵画、彫刻、いずれも一流のものらしかったが、どれも色褪いろあせ、いまにも崩れ落ちそうな雰囲気がある。日に焼けた布が、ほろほろとちりになるように。


 屋敷の応接室へ足を踏みいれたとたん、その場にくずれ落ちそうになった。


 片ひざをつき、貴人に謁見えっけんするような姿勢になってしまう。ひどい疲労感におそわれ、全身が鉛のように重い。


「可能なかぎり抑えているのですが、まことに申しわけない」


 からかうような男の声がする。意識を集中して、ぐっと顔をあげると、人の形をした何かがこちらを見ていた。

 いや、見ているように思えた。

 ざざざざ、と砂がながれるような音がして、ちりの山がうごく。それは屋敷の主人が座を占めるべき場所に移動し、人の姿をとった。無数のちりうごめきながら人形ひとがたをたもっているのだった。


「ようこそ、〈ちりの王〉ブガンの屋敷へ。人と魔の世界をへだてる荒れ地の領主として、みなさまを歓迎いたします」

 と、言葉を発しながら、ちりかたまりが足をくみかえた。「わたくしを前にして立っていられるとは驚きですな。それも一度に、ふたりと一匹がそうであるなど。言うだけのことはあります。普通であれば、そこの少年のように、精気をすいとられて立っていられないものですが」


 その言葉どおり、ソフィアとレナ、それにクロ《=大魔法使い黒猫ver》は、ブガンと名乗った〈ちりの王〉を前に、ひざをつくことなく、しっかりと立っていた。ただ、平気なわけではないのか、苦しそうではある。


「ふしぎです。そこの黒猫には、アーの匂いがするようです」


『そりゃそうだ。我こそが大魔法使いさま、未来のアーの偉大なる姿なのだぞ』


「にゃあにゃあと、えらそうなネコですな。しゃべっているつもりなのでしょうか」


『にゃんだと! 〇〇にしてやろうか!』


 との威嚇いかくも、不満も、ブガンには通じていないようだった。クロの言葉は、ただの鳴き声にしか聞こえていないらしい。


「使い魔かなにか、変わったネコのようですな。まあ、そんな畜生のことなど、どうでもよろしい。わたくしのもとへ自ら訪ねてくるとは、いったいどういうつもりなのか、よければ教えていただきたいものです」


「用件があるのは、わたしだけです!」


 ソフィアが一歩まえへ出た。


「さきほども言いましたよね。わたしは、魔女と巨人を討伐しなければなりません。それが王家の義務だといわれました!」


「ほう、多少の気品があるとおもえば、王族の端くれでございましたか」


「そう。端くれでございますからね!」


 と胸をはるソフィアだが、きっと端くれの意味はわかっていない。王家の義務という言葉にだまされていることもわかっていない。ざんねんな王女であることを露呈ろていしつつ、ここへ来た理由と求めるものをくりかえす。


「魔女と巨人を討伐するには、まず〈ちりの王〉を倒さなければならないと聞きました。ひとの世界と魔の世界をつなぐ荒れ地を越えるには、あなたを倒さなければならないと。しかし、王家の義務は、魔女と巨人の討伐ですから、あなたを倒す必要はありません!」


「ほう、なかなか斬新な御意見ですな」


「それほどでもありません!」


 と応じるソフィアには、どうやらイヤミも通じていないようだ。なにごとも良い方向に理解できるというのも才能なのかもしれない。


「わたしは王族として、無益な戦いも、無用な殺生も好みません。ですから、すなおに魔女のもとへ通してください!」


「ふむ、無用な殺生と。わたくしを生き物の部類にいれようとは、やはり面白いかたですな。ですが、道をしめすわけにはいきません。わたくしは魔女の力で存在しているのです。つくられた物として、魔女を守らなければならないのです」


 ざわざわとちりがうごめく。ひとところに集まっていた無数のちりが、すっと前にのめるようにしたと思うと、それまでの比ではなく、からだが重くなり、全身から力がぬけていった。それは、ソフィアやレナ、クロにとっても同じだったらしく、床に手をついて体を支えていた。


 あえぎながら倒れることを拒否するソフィアにむかって、ブガンが笑い声をあげた。


「今日は、ここまでとしましょう。久しぶりの来客をすぐに殺したくはありません。もうすこし、わたくしひまつぶしに付きあっていただきたいものです」


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