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第4話 ナイフ


 王子発言は大受けだった。やがて、とりまきをしずめてゲドウがわらう。


「証拠をみせてみろよ」


「その宝石が、そのあかしだ」


 との答えをきくと、無言で俺の頭を蹴飛ばし、俺から奪ったナイフを手にした。


「ふざけやがって。死体からはぎとったんだろうが。いつものように、ずっとやってきたように。おまえは屍肉しにくあさりの盗人ぬすっとだ」


 屍肉しにくあさり、盗人ぬすっと、スカベンジャー、いや、俺は渉猟者しょうりょうしゃだ、渉猟者になるんだ。と心のうちでくりかえす。けれど、無意識のうちに声にでていたらしい。


「なにが渉猟者しょうりょうしゃだ」


 その声は、ふくれあがる怒りを隠そうともしていなかった。そのさきに待つのは、なぶり殺しか。屍肉しにくあさりたちは、世界に復讐をするかのように死に群らがる。執拗しつようないたぶりで意識はうすれ、わずかに明るみはじめた空だけが閃光のように頭に突きささり、夜明けをつげる鳥の鳴き声。


 ……そろそろ始末をつけようぜ。


 とりまきの連中も、あきてきたのだろう。つかれた様子でゲドウに提案するが、すぐには返事がない。すこし、をおいて、


 ……いや、待て。他にもあったんじゃないのか。どこかに隠してあるのかもしれない。途中で仮小屋があったな。こいつは、間違いなく何かを隠してやがる。


 確信をもった声をきいて、あの子の寝顔を思いだすとともに、死をうけいれていた心の底に、ぼうと火がともった。


 はれあがり、視界の狭まった目をひらいて、ゆらりと起きあがる。まだ立つ力が残っていたことにおどろく。それはゲドウたちにしても同じだったらしい。化け物でもみるようにしていた。あれだけ痛めつけてやったのに、立てるはずもないのにと。


 五指のあざが残った右腕がきしむ。


 キリキリ、キリキリ、ねじきられてしまいそうだ。屍肉しにくあさりたちのあげる罵倒ばとうの声はきこえず、みょうに静かだ。


 ゲドウが、俺から奪ったナイフ……俺が女性から奪ったナイフなわけだが……を構えて、俺の胸もとに狙いをさだめ……。投げつけようとしたのだろう、ひじをまげて右手にもったそれを肩へひきつけていく。そのときになって、やっと、その一連の動きがコマ送りのようにゆっくりと進んでいることに気づいた。自分が死ぬ間際まぎわだからなのか? そんなことを思う目に、ゲドウがナイフを取り落とすのがみえた。いや、取り落とすというよりは、手をはなしてしまったという感じだ。あつい鉄鍋をにぎってしまったときのように、反射的に手をひらいたようにおもえた。


 ゆっくりと、花びらのように、ナイフが落ちていく。それを棒立ちでながめる俺は、枯れた樹木みたいだ。ああ、落ちていくな。シンプルで曲線的な模様がきざまれ、黒を基調としたナイフは、黒曜石でできているかのようだ。それが地面にとどいたと思えたまさにそのとき、時間の流れがもとにもどり……


 ……ナイフは、目にもとまらぬ速さで俺の胸に突き刺さった。


 俺よりも、ゲドウのほうが驚いた顔をしていた。投げたわけではない、突き刺したわけでもない、ナイフ自身が意思をもつかのように、勝手にとんで刺さったのだ。


 なにが起きたと考えるよりさきに、ぐりぐりとえぐるようにナイフが動く。


 すさまじい激痛に悲鳴をあげようにも声すらでない。ぐりぐり、ぐりぐりと、もぐりこもうとしていた。周囲の音がきえる。俺の死にざまを見物していた連中が息をのみ、だまりこんだのがわかる。ゲドウすら、声を発することなく、刺さりこんでいくナイフを目で追っていた。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、五感のすべてがとぎすまされ、なにもかもが鮮明で激しく、外から内へむかって流れこんでくるのだった。


 つまり、それは、生きたまま胸をえぐられる痛みもまた奔流ほんりゅうとなって俺を襲っていたということだ。ほんの何秒かの沈黙のあと、俺は絶叫をあげた。森中にひびきわたるような悲鳴だ。断末魔とは、こういうものに違いない。


 ばさばさと、森中の鳥がとびたった。


 しげみの奥にひそんでいたケモノも、俺の絶叫ぜっきょうを中心にして、ひろく円をえがくように逃げだしていった。そうして、あたりが静けさをとりもどしたとき、俺の胸もとから、ナイフのが、ころりと落ちた。石ころにあたって、かつりと小さな音がする。刃の部分は胸のなかに染みこむように消え、その激痛もウソのようにきえていた。かわりに、脳みそを汚ない手でかきまわされているような不快さが襲ってくる。


 がつんがつん、あたまのなかのドアをだれかが滅茶苦茶めちゃくちゃにたたいている。ひらいてはいけない扉を、だれかがこじあけようとしている。あたまを抱えてその場に倒れこんだ。俺がおぼえているのは、そこまでだ。


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