第36話 ひとつぶの砂
お茶を飲みながら旅にでようか。
と言われても、よくわからない。大魔法使いのことだから、実際に優雅にお茶をしながら旅にでるということかもしれないが。
「どういうこと?」
「どうって、そういうことだ。魔女は呪いを、聖女は祈りを、まじない師は幻を、魔術師は技を、魔法使いは願いをこめるのさ」
と言われても、やっぱりよくわからない。さらに問いかけると、いいから、さっさと着替えて庭へこい! と言い捨てて行ってしまった。
こじんまりとした城の中庭には色とりどりの花が咲き、芝生の中央に東屋が建てられている。円錐状の屋根のさきに立つ女神像らしきものが、槍を手に、日の光をあびて輝いていた。
東屋にむかうと、レナの白いドレスが目についた。遠目には気品ある令嬢といったところだが、その実、もぐもぐと口いっぱいに焼菓子をほおばっており、あまりお上品とはいえないが、小動物的な愛らしさがあり、大魔法使いも手ずから紅茶をいれ、にこにこと嬉しそうに世話をしているのだった。
しかし、やさしさはレナ限定らしく、東屋についたとたん、おそい! レディーを待たせるんじゃない! と、お叱りの言葉を頂戴し、紅茶を飲むひまもなく、
「よし、行くぞ」
「え、もう? というか、どこへ?」
「……いちいちうるせぇな。黙ってついて来ればいいんだよ」
「口調がもう……。って、いやいやいや、ぜんぜん何もわからないんだけど。これから何をするのか教えてくれよ」
「これだから素人はイヤなんだ。あれやこれや聞いたところで、どうせわからんだろうに。ちっ、面倒な。ちっ、厄介な。ちっ、迷惑な。ちっ、ちっ、ちっ、の、ちっ」
「舌打ち多すぎだろ」
不毛な会話をききながら、俺と大魔法使いの顔を交互にみていたレナが口をはさんだ。もとい、蝋板に書いた文字をみせてきた。また話せなくなってしまった彼女に、大魔法使いさまからの贈りものだ。エスプリのきいたジョークのせいでお礼も言いそこなったが、実際、よくしてもらっている。蝋板には、
『なにをするのか、わたしも知りたいな』
と書かれており、また舌打ちがくるぞ、と身構えていると、
「うんうん、好奇心は大切だね。疑問をもたない人間などサルとかわらない。よろしい、レナが知りたがるのも当然だ。これから何をするのか教えてあげよう」
と、にこにこしているじゃないか。
「俺とおなじ質問なんだけど……」
「シャラップ! だまれ、おだまり、だまらっしゃい。いいか、なにを言ったかではない。だれが言ったかが大切なんだ」
すごく良いことを言っているような雰囲気だが、わりとろくでもないことを言っているのではなかろうか。どうも納得がいかない俺の気持ちなど関係なく、大魔法使いが旅について説明する。主にレナにむかって。
「お茶を飲みながら旅にでるというのは、魔法使いだけがつかう言葉なのさ。東洋には胡蝶の夢という物語があるが、あれとおなじく、ほんの瞬きするほどの時間に一生を夢みるような経験をいう。
ある詩人は、ひとつぶの砂に世界が含まれているといった。魔法使いは、魔女のように存在を否定はしない。聖女のように神のたすけを求めもしない。まじない師のように人をペテンにかけもしない。魔術師のように、理を利用もしない。ただ、願いをこめる」
『願いを?』
「そう。呪いの本質は、満たされぬ思いだ。だから、それを満たしてやれば呪いはとける。起きてしまった出来事は変えられないが、無限の可能性のなかから、ひとつのありうべき答えを示すことはできる。そのために、閉じられた世界、いわばひとつぶの砂のなかに、あらたな在りようを探すのさ」
「やっぱり、よくわからないな」
「もう説明は終わりだ。百聞は一見にしかず。さあ、お茶を飲みながら旅にでよう」
にやりと笑って、目の高さから紅茶をゆっくりとそそぐ。
たいそうな話を聞かされたような気がしたが、体よく煙にまかれただけかもしれない。結局、紅茶をいれたほか、まだ何もしていないのである。




