第35話 対話
レナの寝顔をみながら、大魔法使いが、よく似ているとつぶやいた。いったい誰に似ているのか尋ねてみたが、
「いや、古い知り合いに似ていてね」
と、はぐらかされた。さらに、その話は終わりとばかりに、大魔法使いが宙に文字を書くような仕草をしてみせる。
すると、レナが目をひらき、俺がいることに気付いて嬉しそうに駆け寄ってきた。
慣れない服と靴につまずきながらだが、勢いよく突撃してくるところは昔と変わらない。ただ、やわらかな曲線を描く衣装が、もう子どもじゃないと訴えかけてくるようだ。
安堵の表情で、レナが抱きしめてくる。
その温かな体を、そっと抱きしめ返しながら思う。王女と屍肉あさりか。そろそろ離れる時が来たのかもしれない。
子どもの頃のように頭をなでてやると、レナは胸もとからこちらを見上げながら、あー、うー、と言葉にならない声を発した。その様子をみた大魔法使いは、
「王女さまは話せないようだな。自分の力で人を傷つけることを恐れているのだ」
と言うと、ゆっくり手を伸ばし、俺がしていたように、レナの頭をなでるのだった。
「よしよし、いい子だ」
ネコかなにかをなでるように、ひとしきりなでて満足したらしい。さて、とマジメな顔で話しはじめた。
「さて、レナの言葉と、おまえの呪いと、まとめてなんとかしてやろう」
「できるのか」
「できるさ。そこは、『どうして、そこまでしてくださるのですか、偉大なる大魔法使いさま』と言うべきだな」
「どうして、そこまでしてくださるのですか、偉大なる大魔法使いさま」
「バカにされておるような気もするが、まあいいだろう。そうだな、思い出のためにとでも言っておくか。だが、なにごとにも理由をもとめるなど、愚かなことだぞ」
「あんたが言わせたんだろうが」
「人のせいにするな。痴れ者め」
理不尽な言葉をあびせられ、つづけて黒いナイフを取りあげられた。呪いを解くための準備に必要なのだという。
しかし、本当にそれだけだったのか。
その夜、風に当たろうと、用意された部屋をぬけだしたとき、バルコニーから声がきこえてきた。独り言のような、話し声のような。
そっと覗いてみると、月灯りのしたに大魔法使いが立っており、目のまえには黒いナイフが浮かんでいた。
声をかけようかと思い、やめた。
大魔法使いが、涙を流しながら黒いナイフと語らっているようにみえたからだ。懐かしいけれど、もう自由にしてあげる。そんな声がきこえたような気がした。
さて、翌朝である。
まだ寝ていた俺をたたき起こし、大魔法使いは、おはようもなく、いきなり、立ってみろと命じてきた。その傲岸不遜な調子には一点の曇りもなく、前夜のあれは、夢だったのかもしれないと思えた。
さらに寝台から放り出され、あまりに扱いがひどいと文句を言いかけて、やっと自分が立っていることに気付いた。両足とも、銀色にかがやく金属と化している。
「よし、立てたな。約束の義足だ。魔除けの銀細工が施された逸品だぞ。バランスが悪いから、右足もぶったぎって、両足とも義足にしておいたからな」
「うそだしょ?」
「どこの方言だ?」
「いや、ちがう。うそだろ? なくしたのは左足だけだぞ」
「はっ、知っとるわ。冗談に決まっとるだろう。わざわざ健康な足を切ったりせんわ。寝起きの軽いジョークだ」
「軽くない! 面白くない!」
「やれやれ、エスプリを解さない田舎者はこれだから……」
「あんたなら、やりかねないんだよ!」
そんなことはどうでもいい、と一方的に話を終えて、大魔法使いさまは、さあ、お茶を飲みながら旅にでようか、と、よくわからないことを宣うのだった。




