第31話 石造りの家
裏口は、正門からはなれた場所にあった。
カベの一部にエルシーが手をあてると、カベがゆらぎ、そこからなかへ入ることができた。ただし、領内へ入れたわけではなく、ぶあついカベのなかに、窓も扉もない殺風景な部屋があり、そこに入れたのだった。
「大魔法使いさまも、おいそがしいからね。あたしがこれと認めた人にだけ、裏口を教えてやることになってるんだ」
「ここから領内へはいれるのかな。かくし扉でもあるのか?」
「大魔法使いさまだよ。そんな俗っぽい話じゃないのさ」
このあと、どうすればいいのかと問うと、なにもすることはない、ここで一晩ねむるだけさと返ってきた。くわしいことは言えないし、無理強いもしない、それでも大魔法使いさまに会いたいなら、やればいいと。
ほかに選択肢があるわけでもなく、カベのなかの小部屋で、レナとふたりで眠りについた。魔法というものは尻のすわりのわるいもので、なにが起きるかわからない不安をかかえながら寝台によこになった。いっそ、ねむらずに過ごしたらどうかと思ったが、これも魔法なのか、いつのまにかぐっすりと眠っていた。
ねむりとは不思議なものだ。
目をつむっていても、息はしているし、音をきき、匂いをかいでいる。だれかに触られれば反応するし、心臓はかってに脈打っている。けれども、目をつぶり、目をひらくまで、夜ごと、たましいが出歩いているというのも、またありそうなことだ。
翌朝、かならず目が覚めると、だれが保証してくれるのか。習慣と経験にもとづく保証ともいえない保証を感じているにすぎない。
……目覚めたときには、すこやかな風がふく草原にねころんでいた。
持ち物はそばにあったが、レナのすがたがない。ここは領内なのだろうか。いや、周囲をみまわしても高いカベがなく、かわりに、こじんまりとした石造りの家があった。十字路に面し、簡素ながら、しっかりとした建物だ。
あるいはレナか大魔法使いがいるかと思ったが、その家には、だれもいなかった。
けれど、俺の来訪を待っていたかのように、ひとりぶんのパンやシチューがテーブルにならべられていた。あたたかい湯気を立て、食欲をそそる匂いに困惑させられる。なんとなく食べるのはよくないような気がして、その日は食事に手をつけず、そとで眠ることにした。目覚めれば、もとの小部屋かもしれないのだ。
しかし、目覚めたのは同じ場所だった。
しかたなく、十字路のさきへ歩いていくと、やがてまた十字路と石造りの家がみえてきた。それはあとにしてきた光景とおなじで、家のなかもかわりなかった。さらに道をたどってさきへ進むと、また十字路と石造りの家だ。そこで、印として、柱に傷をつけてみたが、翌朝、出発まえに確認してみると、その傷はなくなっていた。
それぞれの家を比較できない以上、おなじ家なのか、おなじ家にしかみえないべつの家なのか区別はできない。自分が進んでいるかどうかもわからない。そう考えると急に不安になってきた。大魔法使いの気分ひとつで、永遠に閉じこめられてしまうのかもしれない。
胸に不安と困惑がひろがった。
半分は空腹のせいだろう。腹がへっていたり、ねむいときに考えごとをしても、ろくなことにならないからな。思い切って、石造りの家のパンとシチューを食べることにした。ひさしぶりの食事はおいしく、飲み食いすることでなにか起きるかとも思ったが、なにも起こらなかった。翌朝、もとどおり食事がならべてあったのは言うまでもない。
からだが満足すると頭もまわりだす。それまで考えないようにしていたことにも考えがおよび、レナはどうしているだろうと思った。おなじように惑わされているのかもしれない。はやく助けに行かなければ。
と、気持ちはあせるが、どうしても十字路と石造りの家にしか、たどりつけなかった。
なにも起こらないことが、これほど辛いとは思わなかった。杖にすがり、歩き、たどりつき、食事をとり、ねむり、目覚め、杖にすがり、歩き、たどりつき、食事をとり、ねむり、目覚め……。いまが何日目かもあやしくなってきた。俺の足を動かし続けているものは何なのだろうか。石造りの家で日々を送ってはどうか。もう抜け出さなくてもよいのではないか。
しかし、俺をよぶレナのすがたが脳裏にうかぶ。どこかで泣いているのではないか、困っているのではないか。あなたは、きっとこの子をまもってくれる、その言葉がまだ頭にのこっている。俺たちは、いつもなにかに縛られて生きている。
石造りの家をもとめているのか、それともレナをもとめているのか、自分でもわからない気持ちが執拗に歩みを進ませる。
何度目の十字路、何度目の石造りの家だっただろうか。ひとつの変化があった。テーブルのうえに、いつもの食事だけでなく、伝言があったのだ。羊皮紙に書きなぐられた文字は、大魔法使いからのものにちがいない。ただ一言、わすれろ、と。




