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第30話 裏口


 故郷へもどるハインラとわかれ、大魔法使いのもとを訪ねることとした。


 詳しいことはわからないが、その領地は島の西方にあり、滅びた王国の飛び地とされている。それもはるか昔にはそうだったというだけで、いまでは大魔法使いの治める独立した国のようになっているらしい。


 大陸諸国や島の勢力図がぬりかえられていっても、ずっと変わらずそこにあり、西の護りとされてきた。たんに領土をまもっているのではなく、辺境からの侵入をはばむと同時に、西方への侵出もはばんでいるのだとうわさされる。


 西方の地は、ながく人の立ちいりをこばんできた。島の住民には、そこを魔境とよぶものもいる。


 すべての魔法の源であり、おとぎ話や伝説にでてくる竜や巨人が、いまでも闊歩かっぽしているという。大魔法使いは、そうした世界と人の世界との境界をまもっているらしいが、めったに人前にすがたをあらわすこともなく、何百年もまえからささやかれるお話は、それ自体が伝説のようなものだった。


 西方の守護賢者、西方の赤き竜、西方の巨人殺しなど、さまざまな二つ名でよばれながら、大魔法使いのほんとうの名前も、すがたも、性別も、年齢も、すべて不明だ。

 あるときは竜、あるときは魔女、あるときは獣、あるときは子ども、あるときは老人として現れる。伝説を忘れたおろか者が大魔法使いの領地を侵すとき、その者は、どこからか現れた赤き竜に焼き殺されるのだと、まことしやかに語られている。領地全体が巨大なカベでかこまれ、入口は正門だけだ。


 領地のそとでは、おおくの人が領地へはいる許可を待っていた。弟子になりたい者、商人、辺境を目指す者、亡命者、スカベンジャー。また、そうした人々にむけた宿や酒場、市場もあり、領内以上に賑わっているのではないか。


 正門は常時ひらいているが、魔法がかけられていて、許可をうけた者以外は出入りできない。いつ許可されるかは気まぐれで、ときには数日、ときには数年かかることもあるらしい。それでも待つ。望む者には、それだけの価値があるのだろう。裕福な商人や貴族の依頼をうけて待つことを代行する商売もさかんだ。


 許可をうけるには申請が必要で、魔法使いの領地らしく、人型の魔法生物、いわゆるゴーレムが受付がわりになっていた。


 表情もなく、つくりかけの彫像のようなものが一体ずつ門のそとへでてくる。それらに向かって領地にはいりたい旨とその理由を告げると、それらは領内へもどっていき、いずれ伝言を持って帰ってくるのだ。


 ところが、ペテロの名前をだして面会をもとめたところ、日をおいて、


『帰れ。まきこまれたくない』


との冷たい言葉が返ってきた。


 レナが亡国の王女であることを知っていて、帝国と敵対することを恐れているようにも思えた。大魔法使いにあるまじき考えのようでもあり、王国の滅亡を座して眺めていたことからしても、本当は、それほどの力がないのではないか、そんな疑いも浮かんでくる。


 とはいえ、ほかに行くあてもなく、領地をかこむ高いカベをみあげていると、


「のぼろうなんてバカなことを考えてるんじゃないだろうね」


と声をかけられた。世話になっている宿の女主人で、名前をエルシーという。


「のぼるのはやめときな。魔法の力でまもられているからね。予言のうたがあって、ここらじゃ子供でもしっている。赤き竜が打ち負かされることがなければカベが破られることはなく、赤き竜を打ち負かすものは存在しないってね。カベを破ろうなどムダなことさ」


「忠告を無視したら、どうなるんだろう」


「さてね。領地ではたらくゴーレムは無謀な侵入者たちの成れの果てだって話もあるけど、試してみるのは、おすすめしないね」


 まあ、でも、と、そばに立つレナを抱きよせてみせる。


「あんたがゴーレムになっちまっても、この子のことは心配いらないよ。うちで面倒みてやる。いまでも看板娘みたいなもんだしね」


 楽しそうに笑っていう。領地に入れずに日をすごすうちに路銀が尽き、宿屋で働かせてもらっているのだ。


「どうしたものかな」


「大魔法使いさまは気まぐれだから、そのうち入れてくれるかもしれないけどねぇ。どうしても入りたいなら、裏口がないこともない」


「なにか方法があるなら……」


 との言葉に、はい、と手をさしだされた。


「なにごとにも対価は必要でね。魔法だって商売だっていっしょさ」


「カネはありませんよ。しってるでしょう?」


「そうだね。でも、なにもないってわけじゃない。知ってんだよ。きれいな装飾写本をもってたじゃないか。あれでいい」


「あれは形見かたみみたいなものです。売りはらうようなことは……」


「じゃあ、おもての扉がひらくのを気ながに待つんだね。いつになるか知らないけど。いいじゃないか、べつに売りはらおうってわけじゃない。あたしの手もとにほしいんだ」


「エルシーさん、文字を読めないでしょう?」


「それがどうした。ながめているだけで楽しいんだ。それより、裏口を知りたいか知りたくないか、どっちだい?」


 答えはわかっていると言わんばかり。まさにそのとおりで、装飾写本とひきかえに、領地への裏口を教えてもらったのだった。きっと、ペテロも許してくれるだろう。



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